なんでも百円均一

胡瓜。

なんでも百円均一

ーーなんでも百円均一へようこそ。

店名の通りここでは

『なんでも』百円で買う事ができます。

ただし、もちろん破格の値段には

それなりの訳がございまして。

例えば、この『肉がよく切れる包丁』は

持っているだけで殺人の容疑をかけられます。

何故ならそういう用途に使用された過去が

あるからです。

他にも『見かけだけの友達』や『二千年後に行けるタイムマシン』、『ただの石ころ』など

注文を頂ければなんでも、百円の価値で

御提供させて頂きます。

どうぞ御贔屓に……。


 即席でいいから

突然必要になる物ってありますよね。

家に忘れた筆記用具の代用品や

通り雨を凌ぐ為の傘。

とりあえず買ってその場でしか使われない物、

それでも後悔しない物。

しかし、物というのは得てして

突然必要になったからと言って

手に入らない事があります。

例えば『思い入れのある物』とか。

本日のお客様はその様な代用品を

探しにいらっしゃった小さなお客様です。


 「なぁ、そういえばこの前

貸したロボタマンどうした」


下校途中、トオル君は頭に腕を組みながら

思い出したかの様に僕にそう質問した。

ロボタマンとは今、小学生の間で流行っている

『ガチャンコ戦隊ロボトージャー』の主人公達が

巨大な敵に立ち向かう為に合体させて

完成する巨大ロボの人形だ。

僕は二週間前この人形をトオル君に借りた。

そして、知らず知らずの内にどっかにやってしまい知らんぷりしてしまっていたのだ。


「家にあるよ」


「そっか、明日学校に持ってこれる? 」


「え、あぁ、いいよ」


「良かった。弟が明後日誕生日でさ。

ロボタマンあげようと思ってさ

したら、明日よろしく頼むよ」


トオル君は僕の背中をバシッと叩いて

スキップして行った。

ランドセルが遠くで縦ノリに

楽しそうに動いている。

僕の脳はそのランドセルの中身みたいに

散らかっていた。


 ーーどうしよう。

ロボタマンを明日までに用意できる自信がない。

僕なりに家の中を探し回っても

見つからなくて。

幸いにもトオル君はロボタマンに

さほど熱中していなかったから

そのまま知らんぷりしていれば

なんとかなるかなと鷹を括っていた。

多分家には無いし、新しいロボタマンを買う

お小遣いがあるわけでも無い。

どしんと心が重くなって

心拍音が時限爆弾の針の如く

明日のタイムリミットに走り出す音が聞こえた。


 僕は重たい体を引きずりながら

ぐちゃぐちゃの頭で誤魔化し方を考えていた。

心拍がなる毎に、町の景色が家に近づく毎に

明日へのタイムリミットは近付いていく。

このまま何処かに消えてしまいたかった。

僕は怒られたり、喧嘩したりするのが死ぬほど

嫌いなんだ。

このまま明日を迎えて爆発するなら

いっそ向き合わずにいたい。

そうしてしまおうか。ズキンッ。

探さなきゃ。ドスン。

誤魔化すか。チクッ。

僕はどの痛みも選べない。

痛いのは嫌いだ。


僕は目に涙を溜めながら歩いていると

商店街の通りに差し掛かった。

近くに大きなデパートが出来たせいで

買い物時であろうこの時間にも

全く人がいない。シャッターも増えて

ポツン、ポツンと何店かだけが店を開けている。

僕は気味が悪くてその通りが嫌いだった。

でも、今日は通ることにした。

少しでも時限爆弾の重みを誤魔化せると思ったからだ。


通りに入ると、気味の悪さが爆弾を持ち上げた。

ただ、引っ張られるように早足で歩いた。

でもここを通って正解だと思った。

苦しくない。さっきの三択。

どの痛みを取らずとも

解決する方法があったんだ。

ここは幾ら怖くても抜けてしまえば何もない。

そう思うと僕は段々冷静になってきて

ロボタマンをどうするかという主題に

目を向けられるようになった。

何か代わりの物を用意するのはどうだろうか。

物珍しい物なら安くてもバレなさそうだ。

代用のプレゼントを渡してちゃんと謝れば許してくれるかもしれない。

珍しい物。デパートの物ではダメだ。

絶対にバレる。

普段誰も立ち寄らないようなお店は……。


 「なんでも百円均一? 」

その店は僕の視界にぬるりと現れた。

看板の文字はたまにバス停などで見かける

手作り看板のようで

『なんでも百円均一』と色とりどりの文字が

プリントされている。

シャッターに囲まれた中に一軒だけ開いていて

入り口はゴミなのか商品なのかわからない

物が散乱している。

いかにも胡散臭そうな風貌だ。

でも、僕はその胡散臭さに惹かれてしまった。

このお店なら誰にも価値のバレない変わった物が

売っているかもしれない。

百均なら僕のお小遣いでも足りるし。

僕は恐る恐る汚いガラス戸に手をかけた。


 

 「失礼しまぁーす」

呼びかけるが返答はない。

一応開いていたけれどやっているかは不安だった。

店内は小さな白熱電球が一

物静かに光っている。

外の印象とは打って変わって、

綺麗に整頓されていて、

古めかしいレコードや日本刀の置物? のような

期待どうりの物珍しい物品がたくさん売っている。

辺りをキョロキョロ見渡して、

もう一度声をかけようとした時、

カウンター奥から物を掻き分けるような音がした。

良く目を凝らすとコンビニに立っているような

大学生くらいの冴えない顔をした

男の人がダンボールの箱を抱えて出てきた。


「あれ、お客さんですか? 

どうぞいらっしゃいませ」


男の人は青白い顔でニヤリと

気持ちの悪い笑みを浮かべた。

僕は軽く頭を下げ、

どうすれば良いか分からなくなって

その人を見つめた。

すると、目一杯の笑顔を僕に向けてきた。

なんだか見透かされているようで、

胸が空くような気持ちになった。

カウンターにダンボールを置いて

僕の前まで出てきた。

一つ一つの動きがまた不気味で、

僕はなんとなくこの人の

お店なんだなと思った。


 「はじめまして。私はここ『なんでも百円均一』の店主の金次(カネツグ)と言います。

どうぞお見知り置きを、小さなお客様。」


店主は劇団員のように胸に手を当てて

深くお辞儀をした。


「ここはどんな商品も百円の価値で提供させていただいているディスカウントストアでして。

何かご希望の物はございますか」


「友達に貸してもらったロボタマンって

おもちゃの代わりになる物を

探しています」


なるほど、彼はそうこぼしてカウンター裏に

引っ込んだ。

そして、手にロボタマンを持って出てきた。


「これはロボタマンmkー2です。

見た目はそのまんまロボタマンですが

機能が複数追加されています」


例えば、と店主はロボタマンの頭を押した。

すると、ロボタマンの目が鋭く鈍い光を放った。


「おおっ! かっこいい! 」


「でしょう。他にも目覚まし。

天気予報、マップ案内機能など

各種便利機能を搭載しております」


「凄いですね! 」


このロボタマンなら

寧ろ喜ばれるんじゃないかと思った。

ただ、こんなに凄いロボタマンだ。

きっと良い値段がするんだろう。


「えぇ、このロボタマン。もちろん百円です」


「ええ!? 嘘だ」


「いえ、本当です。ここはなんでも百円ですので」


「不良品だからとか? 」


「不良品ではないのですが、とある機能によって

絶版になっていて、さらに人気がないもので、百円で売らせてもらってます」


「へぇー、その機能って? 」


「わかりません」


「危ないの? 」


「それもわかりません」


なんとも明瞭さのないロボタマンだ。

でも、これだけ高性能なんだ。

値段的にも僕が買えて、

トオル君に喜んでもらえるだろうものなんて

他にないだろう。


「これにします」


「本当にいいのですか? 

何が起きるかわからないですよ」


「大丈夫です。なんで百円なのかわかりませんが

こんなに好条件な物。他にありません」


「本当に? あなたが救われるのは

その場だけかもしれませんよ」


「何を言ってるかわかりませんが、買います」


僕はポケットの

小銭入れから百円を取り出し

ロボタマンと交換した。


「返品は受け付けていませんよ」


「しつこいです。ありがとうございましたっ」


僕は強引に店を出た。

人のいない商店街には灯りがつき

遅い時間だと知らせてくれた。

僕の胸の爆弾のタイマーは止まり、

あんなに重かった体が何事もなかったかのように

動き家へと足を早めさせた。


 次の日、僕は無事にロボタマンmkー2を

渡す事ができた。

想像以上に喜んでくれて

寧ろ無くしてよかったとすら思った。

しかし、その晩。

トオル君の家は謎の火災に見舞われ

トオル君は居なくなった。

僕の胸の中に小さなしこりができた。

まさか。あれのせいでは無いだろうけど

もしかしたらとも思ってしまう。

文句を言いにあの店を訪ねたが商店街には

あの店はもう無かった。


チクッ、チクッ、チクッ。

僕の胸の爆弾は小さな音を立てて動き出した。

僕はいつまで耐えられるんだろう。

百円で一体何を買ったんだ。

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なんでも百円均一 胡瓜。 @kyuuri-no-uekibachi

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