少女甘愛・前章 ~卒業~

へーたん

卒業

 ワイアール学園。初等部。

「……はぁ」

 教室の椅子に座り、物憂げに外を眺める、おさげの大人びた少女レイカ。

「レイーカ?どうした?そんな顔して」

 そんな彼女の机から身を乗り出す、ショートボブの子どもらしい少女チコ。

「あ、おはようチコ」

「おう、おはよー!で、どした?」

「どうしたもなにも、今日卒業式でしょ?なんか、切ないなって」

 小さなタメ息を吐いて、また外を眺めるレイカ。チコが机に乗る。

「そんなに悲しいか?離れたくない相手でもいるのか?」

「むしろ、チコは寂しくないの?」

 卒業当日だというのにいつも通りのチコに、目を細める。

「うーん、トモダチいないからなー?」

「……私は?」

 肩をすくめるチコに、顔を近付ける。

「レイカは……トモダチじゃないし」

 目を逸らし、唇を尖らせるチコ。頬が少し染まっている。

「私、チコの友達じゃないの……?」

 途端に、顔を落とすレイカ。声には涙が交ざっていた。

「誤解するなよ!ほら!」

 慌ててレイカの方を向き、レイカの額に手を当てる。

「ん……!」

 レイカの前髪を掻きあげ、その額に接吻をする。レイカは、赤い目を見開き、すぐにはにかんだ。

「え、あ?えヘヘ……」

「あたいの『彼女』だって言いたかったんだよ……」

「スンッ、そうだったね……♪」

 鼻をすすり、涙を拭うレイカ。

「レイカこそトモダチいるのか?」

「……、いない……。」

「だろ!泣く相手もいないのに、泣くなって!」

 チコからの質問に、レイカは言葉に詰まる。歯を出して笑うチコ。

「レイカの涙脆さは変わってないなー」

「感情的って言ってほしいな?」

「ポジティブにはなったな!?」

 チコの軽い嘲笑に対し、片手を胸に当て、胸を張るレイカ。チコは苦笑いする。

「……ふーむー?よっと」

「?」

 机から飛び降り、レイカの後ろに回り込む。

「……いやね、大きくなったなぁ、ってさ」

「それはまあ、六年生なんだし、身長も伸びるよ」

 レイカの首に腕を回すチコの呟きに、レイカが同意する。しかし、チコは不満げな声をあげた。

「あたいは成長してないし!てゆーかそこじゃねえ!えいやー!」

「ぴぃぃ!?」

 いきなりレイカの胸を掴むチコ。レイカは言葉にならない悲鳴をあげる。

「あたいは子ども体形のままなのに、レイカは大人っぽくなっちまって!」

「ん……、や……!やめっ、止めてチコ……」

 年頃にしては結構豊かなレイカの胸を、嫉妬交じりに揉むチコ。レイカが嬌声を洩らす。速やかにチコが両手を挙げた。

「れ、レイカ!?ここ教室だぞ!そんな声だすなよ!」

「チコが私の胸を!その……、あ、アレしたからじゃん!」

 やいのやいのと、焦って責任を押し付けあう二人。ちなみに、他の学生には、一切認知されていないやり取りである。

「もう!触るときは、一言必要でしょ!」

「一言あればいいのかよ!」

「もちろ、ん?……え?」

「…………え?」

 話が、思いもよらぬ方向に逸れ、お互いに静止する。先に動き出したのはチコだった。

「……よっしこの話やめよう!いいね!」

「わ、分かった!」

 レイカの机に座り直し、自身の頬を軽く叩いた。

『最後の朝の会を~、始めるざます~。生徒諸君は~、席に座るざます~』

 そうこうしている内に、担任の先生が入ってきた。チコはレイカに手を振り、自分の席に戻っていく。

「おっと。んじゃ、また後でな!」

「うん、後でね」



『出席番号1番 あき 葉街はまちちゃん』

 卒業証書授与式。卒業生の名前が読み上げられてゆく。レイカは緊張した面持ちでいた。

「ついに、この日が来ちゃった……。やっぱり、長く過ごしたところを出ていくのは、寂しいな」

 早くも目が潤むレイカ。

「チコは……、おとなしいなぁ。チコも緊張してるのかな」

 前に座るチコは、微動だにしない。だが、別に緊張していた訳ではなかった。

「……やばい。足痺れた。動けない」

 ただただ足が痺れていただけであった。

『出席番号6番 霞々豆かかまめ 稚虎ちこちゃん』

「うわわ、もうチコの番だ!」

 チコに順番が回ってきた。なぜかレイカが慌てている。

「……」

「……チコ?」

 チコもチコで動かない。

『出席番号6番 霞々豆かかまめ 稚虎ちこちゃん』

「チコー!?呼ばれてるよ!?」

「お、おう!はいっ!」

 レイカに肩を叩かれて、チコはようやく立ち上がった。震える足で、演台へ向かう。

「チコ、震えてる……。やっぱり悲しいんだね……」

 チコの震えを、泣いていると解釈したレイカだったが、そんなことはなかった。

「あっ!足がっ!ジンジンするっ!」

 やはり足が痺れていただけだった。

「助かったレイカ!次はレイカの番だ。がんばれよ!」

「ぴ……、がんばる……」

 帰ってきたチコは、二つの意味でレイカに親指を立てた。レイカも慎ましく親指を立てる。

『出席番号7番 枯々蛙ここあ 鈴華れいかちゃん』

「ぴ、ぴゃい!」

 うわずった声で返事をするレイカ。カクカクとした動きで演台へ向かう。

枯々蛙ここあ 鈴華れいか。以下同文』

「ぴぃ……」

 ぺこりとお辞儀をし、震える両手で、卒業証書をしっかりと受けとる。そして、カクカクと戻っていく。

「おつかれさーん?」

「震えてたのは、なんだったの……?」

「ん、足が痺れてさ」

「チコらしいね……」

 山場は越えたため、ひとまず安心してこそこそと駄弁だべる二人。一応、チコは前を向いたままだ。

「レイカはがっちがちだったな?大丈夫か?」

「私も分からない……。なんか、感情がまとまらなくて……」

 不安そうなレイカの言葉に、チコが笑う。

「そこが、レイカの良さだな。あたいは、そんなに雰囲気が分かんない鈍感だからさ」

「チコ……!」

 レイカの複雑な感情を、笑い飛ばすチコ。それだけで、レイカの心は、ある程度整理がついた。

『続いて 校歌斉唱 ならびに その他歌一式』

 気付けば、授与自体は完了していた。

「授与は終わったみたいだな」

「これで終わり、かぁ」

 ~~~♪

 校歌の前奏が流れる。

「六年間、どうだった?」

「どうだった、って……。色々あったけど、楽しかった、かな!」

「……へへっ、あたいも楽しかったぞ!」

 涙を流して笑うレイカと、満面の笑みのチコ。

 皆、歌い始める。ある者は泣き。またある者は笑う。各々の想い出に浸り、高らかに歌う。

「「ありがとう わが母校」」



「小学生も終わったなー」

「終わったねー(泣)」

「次は中学生だなー」

「そうだねー(泣)」

 夕暮れ。音楽室。レイカとチコは、思い出の場所で感傷に浸っていた。

「レイカー?泣きすぎだぞ?」

「だって、だってぇ!(泣)」

「よしよし、一旦落ち着こうかー」

 泣きじゃくるレイカの髪を、机に座った状態で撫でるチコ。

「グスッ、チコと別れることが悲しくて……」

 濡れた瞳で見上げるレイカに、チコがタメ息を吐く。

「レイカー?別れたりしないぞー?エスカレーターで、小中高同じだかんなー?」

「…………そうなの?」

「うん」

 レイカが目を丸くする。チコが真顔で頷く。

「それとも、恋人として別れたいのか?だとしたら、あたい結構ショックだぞ?」

 その顔のまま、チコがうつむく。

「違う違う!え?私の思い違いだったの?」

「そうなるな。でも、朝はそんなこと言ってなかったよな?」

「歌ってる時に、考えたの!恥ずかしいよー!」

 恥ずかしさに顔を赤らめ、手で隠す。

「感情的だな!(笑)」

「違うもん!朝のはそーゆー意味じゃないもん!」

「ハッハッハ!まだまだ子どもだな!」

「チコも子どもじゃん!」

 残された僅かな時間で、楽しげに言い争う。

「とにかくだ!中等部でもよろしくな!」

「……うん!」

 二人で顔を合わせて笑う。


「あと……!朝のお返し!んー!」


「!?」


 斜陽に照らされて、チコの額に、レイカの唇が押し付けられる。たちまちチコが真っ赤になる。そんなチコに、レイカが笑いかける。


「チコ、赤いよ!風邪かなぁ!」

「ゆ、夕日のせいだ!レイカこそ赤いぞ!大丈夫か!」

「夕日のせいだよー!」

 お互いに紅い顔で、笑う。


「よっと。あの時も、こうだったな……。レイカ、愛してるよ、ほら♡」

「あれから何年だっけ?たしかに成長したね、私たち。チコ、愛してる、んっ……♡」


 今度は、唇同士をつけ、じっくりと。お互いの体温、感情。全てをしっかりと受け止めるキス。あの時とは違い、チコが背伸びをして、懸命に。レイカもしっかりと抱き支える。


「ん……はぁ……♡やっぱり恥ずかしいな……」

「もっと大人なキスも知ってるから、また今度やってやるよ!」

 恍惚の表情のレイカに対し、挑発的な笑みのチコ。この辺りが、二人の違いだろう。

「大人な……?この上ってあるの!?」

「おっと?そろそろ帰らなきゃなー?」

「ねえ!待ってよー!」

「待ったなーいよっ♪」

 逃げるように音楽室を出たチコを追って、レイカも去ってゆく。

 音楽室には、二人の少女の幻影のみが残った。次に風が吹いた時には、その幻影は消え去っていた。



 通学路。

 夕日も落ちかけた頃合い。

 手を繋いで走る、中小二つの影が、映しだされていた。

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