第31話何か変なこと言っちゃいました?
「ご、ごめんなさい」
近くにあるおしぼりで拭きだしてしまったビールを拭きながら、考える時間を稼ぐ。
黒瀬さんがここまで突っ込んでくるのは珍しい。アルーコールを取り過ぎたとしてもだ。
何か理由があると思うんだけど、何だろう……思いつかない。
「で、どうなんですか?」
引き下がるつもりはないようだ。ちゃんと答えないと、この話題はずっと続くだろう。そんな雰囲気が出ていた。
別にやましいことはしてないので、黒瀬さんになら言っても問題ないか。
「どうと言われても、普通に生活しているだけですよ。最初は他人と一緒に住んでいるという感じでしたけど、少しずつ本当の兄妹になってきている気がしています」
「おー。いい話ですね」
笑顔で返事をした黒瀬さんは、テーブルに置かれたお刺身を食べる。
さらにビールを飲んでから口を開いた。
「異性だと、色々と気を使うこともあるんじゃないですか?」
やけに突っ込んで聞いてくるなと思いつつも、隠した方が怪しいので素直に伝えることにする。こうなったら何でも話すつもりだ。
「確かに麻衣と一緒に生活するようになってから、家にいても身ぎれいにするようになりましたね。義兄として慕われたいですし、嫌われないように気を使っています」
「義兄として、ですか……」
「何か変なこと言っちゃいました?」
「いえ。大変素晴らしいことだと思います。私にも兄がいるんですが、パンツ一枚で家の中をうろつかれて、すごく嫌な気持ちになるので、すごくよい心がけです」
やっぱり下着姿でウロウロされたら嫌だよね。家族だからこそ、身なりはきっちりとしなければいけないと改めて思う。
特に麻衣は思春期なので、だらしない姿を見せたら一気に嫌われてしまうかもしれない。好感度を高めるよりも嫌われないように。失点を少なくしたいというのが、当面の方針だ。
「なるほど。実際に妹だという人の意見は参考になります」
「いえいえ。とんでもないです」
そう言って黒瀬さんはビールを一気の飲み干すと、ジョッキをドンとテーブルに置く。やはり少し変だ。いつもより飲むペースが速い。
「涼風さんはちゃんとした大人で安心しました」
「え? どういうことですか?」
「最近、高校生に手を出して捕まった有名人がいるじゃないですか。うちの上司がその事件に対して過敏に反応してしまって……」
そうえいばネットのニュースで、未成年淫行で逮捕された配信者がいると報道していたな。取引先の会社がリスク管理の一貫として、俺が同じ事をしていないか確認しようとしたのか?
「だから私と麻衣が、どういう関係なのか探りを入れろと言われたんですか?」
「…………はい」
多分だけど、俺と仲が良いだけで指名されてしまったんだと思う。嫌な仕事をさせてしまった。不快感より、黒瀬さんに迷惑をかけてしまったなという気持ちが強い。
いくら僕らが教育関係のお仕事をしているからといって、少しやり過ぎな気もするけど……まあ、文句を言っても仕方がないか。嫌になったら契約終了して別の会社と取引すればいいんだし。
こういうときは、フリーランスの自由さに助けられるな。
「大変でしたね」
「そう言っていただけると、助かります」
ここまで伝えて、ようやく黒瀬さんから緊張感というのが抜けたように見えた。
「調査対象者って私だけなんですか?」
「何名かいるらしいんですが、教えてもらっていないので詳細はわかりません」
「そうなんですね。まあ、仕事が仕事ですからね。少し気にしすぎの方がよいのかもしれません」
何名かいるのが、意外だった。俺みたいに義理の妹ができたパターンなんてほとんどないだろうし、俺以外の方が本命なのかもしれない。
今みたいに飲み会で軽く聞くんじゃなく、しっかりとした調査をしていそうな気がする。
「あー。やったお嫌な仕事も終わったことですし、もう少し飲ませてもらいますね!」
「いやいや、止めた方が……」
「明日は休みを取ってるんです。大丈夫ですから!」
気持ちは分かるけど、ペースが早すぎる。止めてみるものの「大丈夫だから!」と押し切られてしまい、ビールが次々とくる。
「…………」
飲み会を始めて二時間を経過すると、テーブルには酔い潰れた黒瀬さんが出来上がってしまった。予想通りの展開に突っ込む気力すら湧かない。
「どうしよう」
近所だというのはわかっているけど、住所まではわからない。鞄の中を漁れば免許書とかが見つかると思うけど、気が引けてしまう。とはいえ、女性をそこらへんには放置できないだろう。
「タクシーで帰るか」
幸いなことに麻衣がいるし、家に連れ帰っても問題にはならいなはずだ。
アプリからタクシーの配車手続きを終わらせてから、店員を呼んで支払いを済ませる。肩を貸しながら黒瀬さんを立ち上がらせると、外に出てタクシーに乗った。
近場だったので住所を伝えるとマンションにすぐに着き、エレベーターに乗ってドアの前に立つ。
ピンポーン。
インターホンを鳴らすとすぐに麻衣がドアを開けてくれた。
「おかえりなさ……お義兄さん?」
喜びの顔から一転して怪訝な表情を浮かべている。視線は黒瀬さんに固定されていた。
「酔い潰れてしまったみたいなんだ。今日、泊めてあげても良いかな?」
「いいですけど……どこで寝るんですか?」
「うーん。ソファーかなぁ」
俺のベットに寝かせるわけにはいかないので、妥当な判断だと思う。麻衣も同じように思ったのか、ようやくいつも通りの笑顔が戻った。
「ですよね。準備してきます」
まだ夜は冷える。麻衣は毛布を用意しに戻ったのだろう。その間に靴を脱がせてから家に入ると、黒瀬さんをソファーの上に置く。
寝言すらない。ちゃんと呼吸しているので死んではないだろうけど、吐いて息が止まらないように仰向けではなく、横にする。
明日は二日酔いで苦しんじゃうだろうな。
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