第32話行ってきまーす!
翌朝、ベッドから体を起こして時計を見る。朝の六時半だ。俺の始業は十時だからもっと寝ててもいいんだけど、そうすると麻衣と朝が過ごせなくなるので、毎日頑張って起きている。
顔を洗ってくるか。
まだ寝たいと訴えてくる体を無理矢理動かして部屋を出る。洗面台で顔に水をかけてから歯磨きをしてリビングに戻ると、ソファーに人がいた。
「そういえば、黒瀬さん泊まってたんだっけ」
体にかけた毛布は上下に動いている。床に嘔吐の跡はない。静かに寝ているようだ。起こすのも悪いので朝食の準備をしよう。
キッチンに立つと、二つのパンにチーズを乗せてからオーブンに入れて温める。その間にフライパンで目玉焼きを作っていると、麻衣の部屋からドアの開く音が聞こえた。
「おはよう」
先に声をかけると、ピンク色のパジャマを着た麻衣が目をこすりながら返事をしてくれる。
「お義兄さん、おはようございます」
「もうすぐ朝食が出来るから」
「ありがとうございます。すぐ準備を終わらせてきますね」
洗面台に向かった麻衣を見送ってから料理を再開する。パンを取り出すと白い皿の上にのせて、目玉焼きも隣に置く。テーブルに配膳してコップを用意していたら、ソファーからもぞもぞと動く気配がした。
「……ここは……うっ」
体を起こそうとした黒瀬さんは、二日酔いで頭が痛いらしくすぐに倒れてしまった。
「気持ち悪い……」
「無理に起きない方がいいですよ。横になっててください」
「涼風さんの声、ということは……」
自分の状況を察した黒瀬さんは少し安堵したように感じた。俺の言葉に従って力を抜いて、起き上がるのをやめたようだ。
冷蔵庫から水のペットボトルを取り出すと、水を入れて黒瀬さんの前に出す。
「水分は取った方がいいですから」
「ごめんなさい。ありがとう」
弱々しい声を出しながら頭を持ち上げてペットボトルを受け取ると、黒瀬さんは口をつけて水を飲んだ。
これなら、放置してても大丈夫だろう。
しばらくして制服に着替えた麻衣がリビングに戻ってくる。
目はソファーで寝ている黒瀬さんに固定されていた。
「お義兄さん、あの人は……」
「二日酔いで起き上がれないみたいだから、そっとしておいてあげて」
「大人って、大変なんですね」
高校生にまで気を使われる黒瀬さんの株価は急降下しているが、そこは自業自得ということで諦めてもらおう。
「さ、授業に遅れないようにご飯を食べよう」
「は~い」
いつも通りに向き合うように座って食事を始める。最初は黒瀬さんがいることを意識するあまり会話が少なかったけど、徐々にいつものペースに戻っていった。
「今日は帰りが遅くなるかもしれません」
「そっか、晩ご飯を外で食べるなら連絡してね」
「もちろんです」
この後もしばらく話していると、麻衣が登校する時間となる。食器を台所に持って行くと麻衣はスポンジで皿を洗い、俺が水で流す。一緒に作業をして手早く終わらせると、麻衣はスクールバッグを片手に持つと、玄関に向かう。
「行ってきまーす!」
「行ってらっしゃい」
ドアの閉まる音がして、家の中は急に静かになった。
朝のこの時間が一番寂しく感じる。
普段なら動画でも流しながら気を紛らわすんだけど、今日は客人がいるので出来ない。二日酔いで死んでいる黒瀬さんの様子を見ると目は閉じたままだったので、声をかけることはせずに自分の部屋に部屋に入る。
やることもないので少し早いけど仕事を始めることにした。
ヘッドホンをつけて書きかけだったプログラムを完成させるために、キーボードをカタカタと叩く。動作をチェックしながら必要な機能を実装していくけど、仕様書とは異なる動きをしてしまったので作り直す。
動作確認を何度も繰り返していると、気づいたときにはお昼の時間になっていた。
そろそろ休憩の時間だ。お弁当を買ってこないと。椅子から立ち上がってリビングに戻る。
テレビの音が聞こえたので、そっちを見ると黒瀬さんがソファーに座っていた。
どうやら二日酔いは大分よくなったようだ。頭痛などないみたい。普通にしている。
「おはようございます」
「昨日、今日とありがとうございました。」
俺に気づくと立ち上がって頭を下げてくれた。仲のよい相手だったので別に気にはしていない。黒瀬さんには座ってもらう。
「朝、ボンヤリだったけど義妹さんとの会話が聞こえたんです。二人とも良好な関係で羨ましかったです。私と兄は昔からケンカばかりしていたので」
「黒瀬さんでもケンカすることあるんですね」
「当たり前じゃないですか」
と、笑いながら言っているけど、物腰が柔らかいし誰にでも優しい黒瀬さんがケンカする姿なんてイメージできない。兄妹ならそんなものなのだろうか?
一人っ子だったのでイメージ出来なかった。
「これからお弁当を買ってこようと思うんですが、黒瀬さんはどうします?」
「あ、それなら一緒に出て家に帰ります」
さすがに恋人でもない男と二人っきりで家にいいるのは嫌だろう。その気持ちはわかる。
「それじゃ、一緒に出ましょうか」
「はい」
黒瀬さんと外に出ると、最後にまたお礼を言われてからマンションの入り口で別れる。一人になったのでスマホを取り出すと、麻衣から連絡が来ていた。
『女の人と二人っきりですが、大丈夫ですか?』
言葉の真意を少し考えてみたけど、何を心配してるのか分からなかった。
まあ、問題があったわけではないので『大丈夫だよ』と返信だけして終わらす。
今日はカツ丼でも食べようかな。
そんなことを考えながら、スーパーに向かって歩き出したのだった。
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