第10話お金と時間が足りない……

 愛しているゲームが終わって部屋に戻った私は、血が流れ続けている鼻にティッシュを入れた。


 興奮しすぎて鼻血が出てしまったみたい。


 手にもべったりとついているので、ついでに拭いておく。


 汚れたティッシュはゴミ箱に投げ捨て、パソコンの電源を入れて大切なスマホをつなぐ。安物のヘッドホンを頭につければ準備完了です。


 先ほど録音したデータを選んで再生ボタンをクリック。


『愛している、愛している、愛している、愛している、愛しているよ』


 幸せが私を包み込むような、そんな感覚だった。優希さんの声が、私の脳を侵食していく。この声で命令されたら、絶対に逆らえない。死ねと言われれば、すぐに死んでしまうほどの抗いがたい魅力がある。


 しかも声だけではなく、見た目も良い。


 お母さん、再婚してくれてありがとう。

 神様、二物を与えてくれてありがとう。


 今、私は幸せです。


 勇気を出して愛しているゲームを願いして本当に良かった。これから何度もお世話になる音声になりそう。それは間違いけど……。


「音質が……」


 声は文句ないんですが、音質が悪い。スマホのマイクはそこそこ高性能なので気にはならないのですが、特にヘッドホンが格安の物だったので、ノイズが酷いし、音圧も物足りない。お義兄さんの名前の声を再現するのなら、ヘッドホンは買い換えが必須かな。


 音声の編集を中断してショッピングサイトにアクセスしてヘッドホンを探す。開放型、密閉型、DJ用と色々ある中、私が選んだのは密閉型。


 外部の音の遮断する遮音性が高く音が漏れにくいのが特徴で、ベッドで横になりながらお兄様の声に浸る生活をするのに最適のチョイスだと自信を持って言える。


 あぁ、お兄様の声を聞きながら眠りにつけるなんて、考えただけで昇天してしまいそうです。そのまま目が覚めずに永眠しても、幸せだからOKです!


 画面をスクロールして詳細画面をじっくり見る。


 スペック情報を見るだけで妄想が広がりテンションが上がってたんですが、価格を見て急落下してしまった。


「十五万円……」


 高い。中学を卒業したばかりの私では手が届かない。


 お年玉をかき集めても十万円ぐらいしかならないし、長いこと母子家庭だったこともあって、お小遣いはほとんど貰えてなかった。圧倒的な資金不足!


 最高の声を最高の環境で聞きたい。


 もちろん十五万円のヘッドホンを買っただけで最高の環境を用意したなんて言えない。音声録音もスマホじゃなくて、歌を収録するような環境で収録したいし、音声編集の技術も磨きたい、ヘッドホンだってもっと高いのを買ってもいいかもしれない、そんな欲求は高まるばかり。


「お金と時間が足りない……」


 こういう考えは良くないと分かってはいるんだけど、効率よくお金が稼げないかなと脳裏をよぎる。


 キーボドードを叩いて、今度は高校生でも始められそうなバイトを探す。


 すぐに働けそうな場所はなかった。十六歳になっていないので、どこも雇ってくれないみたい。


 普通のアルバイトでお金を稼ぐには時間がかかる。今の私は、自分の成長を待っていられない。もっと別の方法を探さないと。


 検索窓に「すぐお金が稼げる 女子高生」と入力する。


 バイト禁止の高校生におすすめ!

 女子高生がお金を稼ぐのに手っ取り早い方法。

 中学生・高校生がバイト以外でお金を稼ぐ方法。


 興味を引く結果が色々と出てきた。ハンドメイドアクセサリーを売ってお金を稼ぐといったまっとうな方法から、若さや体を資本とした違法行為まであって、多様性に驚く。


 お金の稼ぎ方って、アルバイトだけじゃなかったんだ。


 でも、すぐにお金が稼げる方法は限られてくる。お母さんのおかげで美人に産んでもらえたし、体を使って稼ごうとしたら、すぐにお金は手に入るはず。選択肢の一つとしてありかもしれない。


 そんな邪な考えがよぎったときに――。


「麻衣、君は最高の義妹だ。俺だけを見て欲しい。愛している」


 愛しているゲームでお義兄さんが言った言葉。あの声で「俺だけを見て欲しい」とお願いされてしまったら、断れれないッ!! 他の男を見るなんて絶対に出来ない!


 すぐに考えを改めることにしました。


 お義兄さんを失望させて、見限られてしまうようなことはできない。


 録音したボイスデータが高音質で聞けたとしても、生の声が聞けなくなってしまったら意味がない、本末転倒とはまさにこのこと。


 まだ私は子供で出来ないことも多いし、無知なのも分かっている。一人で解決できないなら海外にいるお母さんに頼ろうかな。


 スマホを持ってチャットアプリで通話をする。


 欲しいものがあるからお金を稼ぎたいと伝えると「お義兄さんに頼ればいいじゃない~」と軽く返されてしまう。


 観光中だったらしくすぐに電話を切られてしまい、具体的なことは最後まで教えてもらえず、かけ直してもつながらなかった。さっき感謝した気持ちを返して欲しい……。


「でも、お母さん、楽しそうだったなぁ」


 二人で暮らしていたときとは比べられないほど生き生きとしていた。部屋に籠もって声ばっかり聞いている私とは、全然違う。お母さんを見習って、もっと積極的に行動した方が良いのかもしれない。


「お義兄さんに聞いてみよ」


 家族になったんだし、頼るのは変じゃないよね……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る