第9話愛してるゲームです

 休日の昼間、リビングのソファーに座りつつスマホで動画を眺めていると、麻衣に声をかけられた。


「お義兄さん。今話しても大丈夫ですか?」


 可愛い義妹の願いだ。断るはずがない。スマホをスリープ状態にしてから振り返ると、麻衣は少しうつむきながらも、しっかりとした目で俺を見ていた。


「暇だったから大丈夫だよ。どうしたの?」

「あ、あの……」


 俺と話していると、たまに顔を赤くすることはあったけど、今日は比較にならないほど真っ赤になっている。オドオドしているし、指をいじっていて落ち着きがない。


 もしかしたら体調が悪いのかな? と思って、ソファーから立ち上がって麻衣の手を触る。


「え、お義兄さん!?」


 うーん。平熱のような気もするが、よくわからない。やはり手だけじゃダメだ。医者者にあので分からない。次は、おでこを触る。


「え、えッ、えッ!?」


 やっぱり変わってない。風邪じゃないと結論をだしても良いんだけど、顔の赤さはちょっとおかしい。ちゃんと体温を測っておくべきか。


「ちょっと待ってて欲しい」

「は、はいッ!」


 聞き分けが良い麻衣をおいて、薬をまとめている棚を漁って体温計を探すとすぐに見つかった。非接触型ではなく、脇の下に入れる昔からあるタイプだ。


 麻衣の所に戻ると体温計を手渡す。


「熱を測ってくれないか」

「…………え? 何でですか?」

「顔が赤いんだ。もしかしたら熱があるかもしれない」

「あーっと、これは、違うんですッ!」


 手を小さく振って必死に否定している。まさか、俺の勘違いだったのか!

 恥ずかしさのあまり顔を背けてしまうと、気を使ってくれたのか、麻衣が話題を変えてくれた。


「実は一緒にしたいことがあって」

「なるほど。何がしたいのかな?」

「…………ゲーム、です」


 何とも可愛らしい要望だった。兄妹の仲を深めるために一緒にゲームをしたいなんて、なんて素敵な義妹なんだ!


 変な勘違いをしてしまう未熟な義兄ではあるが、精一杯、願いを叶えるために頑張ろうじゃないか!


「いいけど、どんなゲーム?」

「愛してるゲームです……知ってますか?」


 愛してるといって、照れた方が負けというヤツだったはずだ。彼女がいたこともない俺には縁のないゲームで、ネットのおかげでルールだけは知っているが、実際にしたことはない。


「愛している、って言うだけのゲームだよね」


 俺の言葉を聞いてビクンと麻衣の体が痙攣した様に見えた。


「お義兄さん、もう一度、言ってもらって良いですか?」

「え、良いけど。何か間違ってたかな」

「き、聞き逃しただけです!」


 掴みかかるような勢いで近づかれたので、思わず一歩後ずさる。


 さらに間合いを詰められたのでもう一歩下がる。


 それが続き、壁際まで追い詰められてしまった。


「もう一回! 言って下さい!」

「わ、わかった」


 両手で麻衣の肩を触って優しく押し返す。


 すぅーっと息を吸ってから、もう一度先ほどと同じような言葉を放つ。


「愛している、って言うだけのゲーム。これであってるよね? って! 大丈夫かッ!」


 目の前で膝の力が抜けて倒れそうになった麻衣を慌てて抱きかかえる。


 呼吸が浅く、うっすらと汗をかいている。


 やっぱり体調が悪かったんじゃないか?


「大丈夫です。ただの貧血です」

「そ、そっか」


 そうはいっても放置は出来ないので、肩を貸して移動するとソファーに座らせる。


「ゲームをするのは、今度にしない? 少し休んだ方が良いよ」

「いえ、今日したいです。お願いします!」

「うーん。じゃあ、一回だけだよ?」

「はい!」


 強引に休ませるより、すぐに終わらせた方が早いだろう。


 ソファーに座ると麻衣を見る。


「じゃあ、俺から言うね」

「あ、ちょっと待って下さい」


 麻衣は慌ててスマホ操作してからテーブルの上に置く。可愛い猫のイラストが描かれたスマホカバーが目に入った。


 さらに俺から距離を取って姿勢を正す。気合いを入れたようだ。


「準備完了です。お願いします」


 よし、ゲームを始めようじゃないか。


「愛してる」


 顔が少し赤くなったぐらいなので、まだ照れてない。


「麻衣、愛している」


 名前を言ってみたが呼吸が少し荒くなるぐらいで、まだまだ大丈夫そうだ。


「麻衣、君は最高の義妹だ。俺だけを見て欲しい。愛している」


 セリフを少し加えてみたけど、あまり変化はない。工夫が足りなかったか?


 こういった場合、長文と単語を連発するの、どっちが効果的なのだろうか。


 少し悩んでから連発する方に決めた。


「愛している、愛している、愛している、愛している、愛しているよ」


 効果は劇的だった。

 耳まで真っ赤になって、麻衣は手で鼻と口を隠してしまった。


「俺の勝ちで良いかな?」

「はい! 私の負けです!」


 麻衣はスマホを持って勢いよく立ち上がると「ありがとうございました」とお礼を言って部屋に戻ってしまった。


 やっぱり体調が悪いように見えたので、今日は消化が良い食事を作ろう。

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