第17話 夜に駆ける獅子の如く


 国境近くの森は深く、大型の獣が出る事もあり人が近寄る機会はまず無い。


 だが、自領の収穫を増やす為に森の開拓事業に勢力的に取り組む領主もいる。一定期間の税の免除や準備金を出す事で人を集め、未だ手付かずの森の開拓を進めて行くのだ。


ーースワロもそんな村の一つだ。


 村長のダニスはニーガン領の街で衛兵をしていたが、事故で片腕を無くし仕事を続ける事が出来なくなってしまった。

 しかし、ダニスには妻と幼い娘がおり、妻のお腹には新しい生命が順調に育ちつつある。


 こんな時にと途方に暮れるダニスは上司のケインから「村長として開拓民を率いて森を開拓してみないか?」と聞かされ二つ返事で飛びついた。


 ケインは以前からダニスの働き振りや責任感を非常に評価しており、この話が出た時に真っ先にダニスを推薦してくれたのだ。


 片腕というハンデも有り、苦労も絶えなかったが開拓は順調に進み牛や馬などの家畜も増え、作物の収穫もここ最近は安定している。当初15人から始まった村人も十数年経った今では45人にまでに増加した。


 最近では、隣国で戦争が起きるとかで農作物がいつも以上の価格で売れてゆく。戦争で村が豊かになるのは忍びないが、村人が誰一人飢える事無く過ごせる日々にダニスは満足していた。


 そんなある日、ダニスの元へ一通の手紙が届いた。それは自分を村長へと推薦してくれた元上司のケインからの手紙であった。


 ケインは衛兵を退職し今はイアマの街で宿屋を営んでいる事、忙しく人手が足りないので良ければダニスの娘達を雇わせてくれないか、その代わり二人を学校へ通わせるという内容などが書かれてあった。


 まだ小さなスワロ村に学校は無い。ダニスが教えるにも限度がある、何より愛する娘達を学校に通わせてやりたいと常日頃から考えてはいたのだ。

 ダニスは悩んだ、可愛い娘達と離れて暮らすのは心配だしーー何より寂しい。


 しかし、気付けば姉妹はもう13歳と11歳だ。街の子達はもっと早く学校に行っているだろう。それに預け先のケインは信頼できる人だ、恩人でもある。今回の手紙もきっと、ダニスの娘達を学校へ行かせてあげたいとの配慮なのだろう。ダニスは妻と何度も話し合った結果、姉妹の将来の為にケインに預ける事にしたのだった。



 姉妹はいつだって街に憧れていた。


 赤い屋根に白い壁、石畳の広い道には可愛い服を着た女の子達が歩き、屋台には見た事無い食べ物が溢れている。


「はぁー、この村には土と草しかないもの。もう見飽きちゃっうよねー」

「おねぇちゃん、街にはあまいお菓子もあるんでしょ〜? いいなぁ。わたし、食べてみたいなぁ〜」


 国境近くを開拓するスワロの村に行く為には深い森を通らなくてはならない。その為、街から来る商人達は村に一泊するのだが、宿泊施設が無いので必然的に一番大きな村長の家に泊まる事になる。


 商人達が夕食事に話してくれる煌びやかな街の様子、新しいお菓子の話、薄暗い路地裏にたむろする子供達の噂話。

 どの話も姉妹にはとても刺激的だった。


「いつか私も街に行ってみたい!」


 姉妹にそんな感情が湧き上がるのは不思議な事ではなかった。だが、村長の娘として村の為に働いて暮らすのだろうと半ば諦めていた。


そんな中、『街で暮らしながら学校へ』なんて話が出たのだ。姉妹は飛び上がって喜んだ。


 奉公先のケイン夫妻はとても優しい人だと聞いているし、簡単な料理や裁縫、掃除なら日常的にやっている。姉妹に宿屋での仕事に不安は無かった。そしてなにより、憧れ続けた街に行けるのが堪らなく嬉しかった。


「それじゃあ、お母さん、お父さん行ってくるねー!」

「うぅ、いってきます〜。ぐすっ」


 姉は元気いっぱいに、妹は親元を離れるのが辛いのかベソかきながら街から来た商人達と一緒にスワロの村からイアマへと旅だった。


「行っちまったなぁ……」

「もう、そんなにしょげないの! 閑散期には里帰りさせるって手紙には書いてあったでしょう?」

「あぁ〜、一気に歳取った気分だよ」

「あら? まだお爺さんになられちゃ困るわ!」


 ダニスの妻は小さくなって行く馬車を眺めながら項垂れるダニスの背中をバンッと叩いて言った。


「次にあの子達が帰った時に会うのは、弟と妹どっちかしらねぇ?」

「え? お、まえ……本当かっ? こりゃ大変だ!」


 慌てるダニスを見ながら妻はお腹を愛おしそうにさすり微笑んだ。



「北西10kmに農村有り、規模小、兵士無し、木製の柵で囲まれてます、農民30〜40人」


「夜を待って夜襲をかける。帝国人は全て殺せ」


 斥候の報告を受けたパカレー共和国第六工兵部隊長のネルビスはそう伝えると農村を囲む様に部隊を展開した。


 工兵部隊は土木・建築などの技術に特化した部隊で、敵の陣地や自然障礙の破壊、野戦築城や道路の建設などを手掛ける部隊だ。


 彼等の任務はに複数の拠点を築く事。


 帝国は広く、進軍する為には莫大な兵糧、薪などの燃料、馬の餌などの確保が重要となる。その為、所々に拠点を確保しておく必要があるのだ。


「全員配置に着きました、日が沈み次第作戦を開始します」 


 この規模の農村は拠点としては正直小さ過ぎて物資不足は解消出来ないだろうが、村の近くには街があるものだ。


 街を攻略する為の足掛かりとしては無いよりはマシである。それにパカレー共和国の部隊は殆どが正規軍では無く傭兵だ。進軍から二週間、彼等の統制の為にもこの辺りでガス抜きは必要だろう。


「いいか、略奪は後だ。速やかに占拠せよ、『夜を駆ける獅子の如く』だ!」


スワロの村が地図から消えたのは、姉妹が街へと旅立ってから半年後の事だった。

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