75話 悪夢
1分か10分か、或いは1時間も超えていたのか。そんな時間の間隔が曖昧な感じでひたすら叫び続け、もう何度目かもわからない呼びかけでようやく大河は我に返った。
「…どうやら正気に戻られたみたいですね。」
マイナは何とか平静を装おうとしたが彼女から向けられた視線が腫れ物に接する様な完全にヤバい人を目にしている感じだった。そんな彼女の視線にすら気付けない大河だったが、自分がした事は理解していた。
「…ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「とりあえずは冒険者の登録完了と一通りの説明は終了しましたが何か質問はありますでしょうか」
「…一応確認したいのですがこのユニークスキルの欄。表記ミスという可能性はないんですかね。自分で押し付けられたと言っておいてなんですが」
「少なくとも今までにそういったケースが確認された事はありませんので…言いにくい事ではあるのですが恐らく冒険者カードの表記ミスといった可能性はないかと思います」
「…そうですか」
「他に聞きたいことはございませんでしょうか」
「…あの…いえ、何でもありません」
大河は質問することを途中で断念した。何故なら『こんな
「ありがとうございました」
「あの…元気出してくださいね」
大河はその言葉に対して返答することができないままギルドを後にした。
「案内しましょか?」
「いえ…何というか色々疲れましたので王城に戻って休ませても
らってもよろしいでしょうか」
「ええ、もちろん構いませんよ」
隊長もできる事なら励ましたかったがタイガのステイタス表記に記載されていた呪いとしか言えないようなスキルを見てしまった後では彼にかける言葉が見つからなかったため帰りの道中はあえて口を閉ざしたまま無言を貫いた。
そして大河は魂が抜けたような無気力なまま歩き続け、城についてからは部屋に戻り、体毎ベットインして熟睡したのだった。
眠りについてから大河は夢を見た。そこは何処かの月明かりに照らされた草原で訪れる風によって近くの草木が揺れていた。そして目の前には人型で全身が真っ黒な霧で覆われた様な不気味な存在が目の前には立っていた。
『ケケケケケケケ!』
モヤは笑い声の様な奇声を上げながら大河に接近してきた。急な出来事に動揺しつつも、大河は近づいてくる敵の顔面と思しき箇所に目掛けて右拳を打ち出した。大河の放った右ストレートは見事相手の側面にねじ込まれた。しかし…
『ケケケケケケケ!』
敵は大河の攻撃が直撃した事により一瞬立ち止まったものの、何事もなかったかのように、又はまるで効かないとでも言わんばかりにより一層大きな奇声を上げだした。
大河は完全にクリーンヒットした自身の攻撃がまるで通じない相手に怯んで後ずさりする。どうすればいいか悩んでいると近くに槍があったためすぐに拾って牽制のつもりで敵の前に突き出した。
焦りを隠せない大河とは裏腹に霧はニヤニヤと不敵な笑を浮かべながらやりの先端を指先でちょんちょんと大我をおちょくる様に突いてきた。
凶器を突きつけているのは大河の方であり、それを向けられているのは霧の方であったが、一方的に武器を所持しているにも関わらず得体の知れない恐怖から冷や汗を流す大我とまるで『俺相手に子供の玩具と大差ない物こんなもんでどうするだよ?』とでも言わんばかりに余裕を見せつける影。両者の状況とそれに対して表情は正に真逆であった。
「くそっ!」
牽制など意味をなさないと理解した大河は相手の方めがけて突き出した。そして槍は見事方に命中した。しかしその切っ先は相手の体を貫く事はなかった。力を込めて押し込もうとするもののやりはそこから1mmたりとも動かなかった
再び後ずさった大河の目の前に今度は斧が現れてそれを取り再び相手めがけて振り下ろすもやはり刃は通らない。その後も弓矢、銃、ハンマー、棍棒と次々と目の前に現れる武器を手に取り攻撃を仕掛けるがどれも通用しなかった。
それどころか武器の扱いのなれなさと、でも一向に歯が立たない相手への恐怖、でうまく武器を使用することができず、空振りすることが多くなり、影もわざと近づいてきて攻撃を当てやすくしギリギリでかわしたり、攻撃の軌道から当たらないことを読んでか動かなかったりなど、とにかく大河をおちょくり続けた。
もう駄目かと諦めかけた大河の目の前に今度は一本の剣が現れた。大河はすぐさま剣を引き抜き両手で握って一呼吸置いた後、竹刀のように高く持ち上げた。そして敵が攻撃の射程範囲内に踏み込んだところで勢いよく剣を相手の頭目掛けて振り下ろした。
「やあっー!」
剣は見事に頭部へと命中し、その手応えは剣を通じて大河の手にもしっかりと伝わっていた。だが…
”パリーン”
剣の強度が足りなかったのか、相手の防御力が異様に高かったためか。他の武器と比べて慣れた動作で繰り出せ事もあり、力を込められた分その勢いに耐えられなかった刃は見事に真っ二つに折れ宙を舞いながら地面へと転げ落ちた。そして同時に多少扱うものは違うが得意としていた剣術も通用しなかったことで大河の心もへし折られた。
影は折れた切っ先を掴んであざ笑う様に見せびらかしてきた。本来なら浮かんでくるであろう怒りや屈辱などよりも何も出来なかったことによる敗北感が大河を襲った。大河が反応を示さなかった事に~した霧は大河の首を絞められた後、投げ飛ばされた。そして顔を見上げた瞬間、再び襲い来る霧の姿を捉えた直後に霧の拳が自分の腹にねじ込まれていた。
「はぁっ!」
ようやく悪夢から目覚められた頃には眠りについてから数時間が経ち夕日が沈みかける中、サイレンの音が王都全体に響き渡っていた。
「ここは…」
「王城の個室です」
寝起き直後に呟いた独り言に対して声の方を見ると
「随分とうなされておりましたが大丈夫ですか?」
ライトテールは大河の身を案じながら白色のタオルを手渡した。反射的にベットから体を起こして受けっとたが、渡された意図が分からず困惑した。しかしポツリ、ポツリと渡されたタオルに雫が垂れてくるのが見え、その時ようやく自分が悪夢にうなさて大量の汗をかいていた事に気付き、顔中の汗を拭き取った。
「そろそろ夕食の時間ですがどうされますか」
(正直今はとても食事が喉を通る気がしない。けど…)
「…行きます」
睡眠を摂った起床直後とは思えないほどの疲労感に出来ればもう少し時間を置いてからとも思ったが、数時間では変わらないだろうなとも感じていた事と、食事の時間をズラす事によって国王などに心配をかけてしまうことを危惧し、重い腰を持ち上げた。
「それでは参りましょうか」
メイドに連れられながら今朝通った道を再び歩むが、その足取りは数段重かった。気分もそうだが夢で見た光景が頭から離れなかったためである。
(もしも…いや、あれはしょせん夢だ。…だが果たして悪夢止まりで済むのだろうか?)
自分が見たものが夢であったのは確かだが、冒険者ギルドで発見した冒険者にとって不利という言葉だけでは片づけられない程の誓約がつけられている可能性があることも確かであり、そう考えるとあの夢はこれから起きるかもしれない未来を予見しているのではないかと特別確証はないもののそう思わせるには充分すぎる程であり、夢で感じた精神的ダメージは現実でも尾を引くくらい大きかった。
(本当にコックやら清掃員になる道を模索した方がいいだろうか?或いはマイナさんの言うお嫁さんにでも出してもらった方が幸せかもな。ははははは…)
考えるのが嫌になった大河は色々と思考放棄しながら食堂の方へと力なく足を進めた。
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