76話 夕食前


 重たい気分のが抜けぬまま歩き続け食堂の方に付くと丁度入室してきた陛下と鉢合わせた。


「こんばんはタイガ殿」


「こ、こんばわ」


 今の心情を悟られないようにと必死で表情笑顔を作ろうとするものの自分でも分かるくらい頬が引きつっていた。


「あの、なんだかんだで居座ってしまっていますがよろしいのでしょうか?」


「ああ、勿論だとも。君には随分迷惑をかけたからね。気兼ねなくいてくれて構わないよ。何ならずっとこのままでも」


「あははははははは…」


 あのいつ、どのように暴走するかわからない王女姉妹と同じ屋根の下なのはかなり気がかりではあるが、所持金ゼロ、持ち家無し、しかも現在日も暮れて夜。今のまま王城を出て行っても寝床がないどころかパン一つ購入できない有様。先を思うと色々不安になるが気合が抜けてしまっているような今の状態では正直餓死や衰弱死一直線に進むであろう未来が簡単に想像出来てしまうのでもう少しの間は好意に甘えることにした。


 若干苦笑いを浮かべながら立ち尽くしていると国王の後方からメイドたちが皿を各テーブルへと配りだした。


「夕食も何方かがお越しになるのですか」


「いや、そういった予定はないよ。これからの料理は私達と城で働く者達の分だ」


「そうなんですね」


(今朝の会議の時もそうだったけど結構変わってるな。それともこの世界ではこれが普通なのか?)


「タイガ殿の席はこちらだ」


 少し王室の在り方について疑問に思いながら陛下から離れた席に腰を下ろそうとしたところ陛下に呼び止められた。


(やっぱりそうなりますよね。ん?)


「あの、エルド隊長のお姿が見当たりませんが何処に…」


「ああ、隊長なら明日の準備や打ち合わせの為に城にはおらんのだ」


「え?お仕事ですか」


(昼間俺に付き合わせてしまい時間を取られてしまった上に夕方以降に仕事とは…)


「何というか申し訳ないですね。俺が来なかったらこんな時間に残業させずに済んだでしょうに」


「別に気にしなくてよいぞ。それにそれを言うなら逆じゃな」


「逆?」


「本来ならもっと比べ物にならないくらい激務になる予定だったろうからのう」


「それはどういう意味でしょうか?」


「明日はこの王都で少々催しを行う予定でな、その行事には私も出席する。その為王族護衛隊の兵士たちは普段の業務と並行して準備を進めていたんだ。しかし、日常的な異常事態イレギュラーによって遅れがでていてな」


(日常的な異常事態イレギュラーって、それもう異常事態イレギュラーじゃないんじゃ)


「酷な話だがいつも通りエルド隊長が一人で警備隊の業務を殆どこなす予定だったからのう」


「本当に酷ですね。というかそれ可能なんですか?」


「他の兵士もその多忙性は理解しおるからのう。大抵の面倒事はその日までに処理しておくことしておるのだ。私の方でもこういう催しがある時はなるべく仕事を増やさないようにしておるしのう。まあ、エルド隊長が有能じゃからのう。さほど苦労はないんじゃ」


「はあ。ん?通常の業務のみというと他には一体…」


「………」


(………あ。アレの事王女の脱走癖か。確かにアレはさぞ苦労する異常事態イレギュラーだろな)


「えっと、それほど多忙なのに俺の案内なんかに付いてきてもらってよろしかったのでしょうか?」


「今朝も言った通り君のお陰で結果的にエルド隊長も異常事態イレギュラーを気にすることもなくなり、最大の懸念事項が無くなった事でスムーズに仕事を進める事が出来、今朝私達と顔を合わせる頃には必要な業務はやり終えたと言っていたよ」


「それなら良かったです」


 自分が原因で激務を押し付けたわけでないと分かって安堵した。


「ところで今日は色々と見て回れただろうか?」


「えっと…昨日の疲れもありましたから早めに戻り部屋で休ませて頂きました」


「ならばまた明日…いや、また今度にでも案内してもらうといい」


「お気遣い感謝いたします」


「何か気になったことなどないかね」


「今のところはありません」


「そうか。それはそうとルルネとリリカの2人は何か問題を起さなかったかね?」


(ルルネさん?リリカさん?…ああ、メイドか)


 2人の方を振り返るとびくりと怯えた様な表情が現れた。


(そういえばこの2人ってエルド隊長と一緒に付いてきてたんだっけ?あまりに大人し過ぎて存在感無かったら忘れてたな)


 目を合わせた2人からは今朝と同じ何かを懇願する様な視線が送られてきた。

  

(今朝までだったら喜んで速攻返却するところだけど釘を刺してからは怖いくらいに大人しいしい、言いつけ通りにしてもらったのだから不問に付すとしよう。これからまた前みたいになる可能性も否定できないけどその時は他の方に変えてもらえばいいメイドチェンジわけだしな)


「特に何もありませんでしたよ」


(別にこれまでの配慮を考えると文句というわけではないが陛下の言葉から考えても何故問題を起す可能性があるかもしれない2人を俺に世話役として付けたのだろうか。俺への対応を考えるに~というわけでもないだろうに。普通に謎だな。ん?謎と言えば…)


「そういえば昨日から一つ気になってい事があるのですが」


「何だね」


「王妃様はどちらにおいでなのでしょうか。昨日からそれらしき方の姿を見ていないのですが。今朝の朝の際も姿を現しておられなかったみたいですし」


「………」


「陛下?」


「ああ、王妃はその…今はおらんのだ」


(それってつまり…)


「あの、すいませんでした」


(やっべー。普通にその可能性頭から抜けてた)


「いや、別に気にしないでくれ。そしてこの事は追及しないでくれると助かる」


「はい」


 部屋を出たときは違う意味で気分が重くなり、気まずい雰囲気が部屋中を包んだ。



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