ちょっと未来で君とのごはん

みょうじん

第1話 初めての食事会:中華料理店「天人五衰」1/3

「どうやって表現すればいいかわかんないですけど……なんというか雑な感じですかねえ」

後輩の相葉と初めて中華料理を食べにいったときの感想がこれだ。僕が新人の頃から通っているお気に入りのお店だったのに。

正直ショックだったけれども、生まれたときから『個人食』に慣れている人ならばむしろ当然の感想なのだろうと納得できる部分もある。

「……そっか。まあ残念だけど、口に合わない店を紹介してしまって申し訳ない」

微妙な顔をしている後輩に対してなんと言うべきか、口をモゴモゴさせてしまったが、結局半笑いでそんな言葉が口から出てしまった。

気のいい彼女は、慌てて「いや!そんな、私が無理に紹介してもらったのに……!」などと慌てており、そのまま盛り上がることなく今日の会はお開きになった。

さて、こんな微妙な空気の夕食に至った経緯を一応説明しておこう。


◇◇◇


レトロな言葉を使うのであれば今日は「花の金曜日」。しかし、僕と相葉は今どき非常に珍しい社外でのフェイス・トゥ・フェイスの打合せに参加しなければならなかった。予定時間を大幅に過ぎて19時過ぎにようやく終了し、二人共疲れ切っていた。月曜日からはまた自宅での執務になるため、そのままタクシーに乗ることにした。

タクシーなんて随分久々に乗るので「さて、どうやって乗るんだったか」と内心慌てていたが、表面上はそんな気配を出さないように努める。近年ではオートメーション社会の進展著しく、タクシーだって当然のように自動運転で目的地まで連れて行ってくれる。その結果として、電車とかの公共交通機関と変わらない値段で乗れるのに、オールドファッションな僕はなんとなく電車ばかりに乗っているのだ。

過去の記憶を掘り起こしつつ、澄ました顔で乗車する。思い出してみれば簡単で、後部座席の端末に僕の『個人端末』をタッチし、目的地である自宅の情報を入力するだけだ。相葉も疲れ切った表情ながらもスムーズに同じ作業を行っていることから、彼女はタクシーを日常的に利用しているのだろうと思う。入力が完了すると、「発射します」という人工音声とともにタクシーは音もなく夜の道路を進み始める。このタクシーは通常の車両だったものを自動化したものなので、運転手こそいないものの前部座席自体は存在する。

普段はおしゃべりでコミュニケーションが達者な相葉も流石にぽつりぽつりとしか話さないことからすると、本当に疲れ切っているのだろう。彼女は入社当時から僕が指導係についているが、よくよく考えると今回の打合せが彼女初のリアルミーティングだったかもしれない。Webのものとはまた違った疲労があるのもよく分かるので、これくらい疲労困憊してしまうのも致し方ない。それでも、完全に沈黙しているというわけにもいかず、今日の結果はどうだとか、月曜日の作業とか、今日残業した分強制的に月曜日は午前休になるとかそういった具合だ。社外秘の内容も含まれているが、僕ら以外に人間がいない密室なのだから気にする必要はないだろう。

一通りの話や確認も終わり、ふと相葉が僕に雑談を振ってくる。

正木まさきさんは週末どうするんですか? なんか予定とかあるんです?」

「とくに予定はない。とりあえず今日は家の近所で外食しつつ、何をするか考えようかな」

前部のシートに隠れながらも正面のフロントガラスから道路の様子が見える。「昔はこの車内こそが誰かの職場だったのだろう」、視界の端に存在するただのシートからそんな感傷にも似たなにかが脳裏をよぎるのは、疲れ切っていたからなのかもしれない。

だから、相葉が少し驚いたように僕の方を見ているのに気がつくのがちょっとだけ遅れた。

「どうかしたの?」

「いやいや、外食ですか。何かいいお店とかあるんですか?」

なるほど、そこに驚いたのか。確かに、個人食用のプリンターが各家庭に普及しているこの時代。わざわざ外食するなんてよっぽどいい店が……と彼女が考えるのも無理はない。僕はプリンターをほとんど利用せず、埃を被せてしまっているのだが……そんなことを言ってしまったら色々言われてしまうだろうから、そこには触れないように心に決める。

「ああ、近所に気に入っている店があってね。新人の頃から定期的に通っているんだ」

「へえー。なんかそういうのいいっすね。今度紹介してくださいよー」

「もちろん。といっても僕は少し離れた郊外の方に住んでいるからなかなか遠いから、機会があればね」

こういう言い回しをすると社交辞令と取られてしまうだろうが、僕としては別にそういうつもりはなかった。あまり人気のない郊外地域なので、機会がそもそも訪れないだろうと思っていたことは事実だが。

そう言いながら個人端末の画面を彼女のほうに向ける。先程タクシーに入力するのに使ったので、僕の住所が表示されたままになっているので、彼女も諦めるだろうと思ってのことだ。

「わお」

と、相葉は先程の顔よりもさらに目を丸くして驚いた風なリアクションをとる。彼女は良くも悪くも素直なところがあり、思っていることがそのまま態度に出るので大変わかりやすい。

「どうかした?」

確かに会社の人はあまり住んでいないけれど、僕の住処すみかもそこまで変ではないと思うのだけど。

「いやあ……なんというか、さっきの発言は取り消します!」

「うん?」

どういうことだ?

「今度じゃなくて今日この後紹介してください!」

今日の疲れはどこへやら、ニンマリといたずらっぽい表情で相葉は笑うのだった。

なるほど。どうやら本日の最後の最後でミスをしてしまったようだが、これはきっと疲れのせいだと信じたい。


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