第103話 第48.5局 弟子編⑫
「寝たの?」
目の前の彼は、こっくりこっくりと船を漕いでいた。
私は、自分のカーディガンを脱ぎ、彼を起こさないように、ゆっくりと彼にかけた。自分の体が冷えてしまうことは気にならなかった。それよりも、彼の体が冷えてしまうことの方が気がかりだった。
彼の顔を横からまじまじと見つめる。
彼の顔を見る時、いつも将棋盤が私たちの間にあった。でも、今はそれがない。私の心臓は、いつも以上に鼓動を速めていた。
私は、彼の耳に自分の口を近づけ、囁く。
「来てくれて、ありがとう。」
三週間前、彼は来なかった。二週間前、彼は来なかった。一週間前、彼は来なかった。彼に会いたかった。彼と、将棋を指したかった。でも、我慢した。ずっとずっと、我慢した。彼の邪魔になるのが、怖かったから。
「私と将棋を指してくれて、ありがとう。」
だから、今日、彼が姿を見せた時、本当は跳び上がるほど嬉しかった。でも、私はその気持ちを表に出さなかった。いや、出せなかった。彼が、あまりにもひどい顔をしていたから。どれだけ自分の身を削って頑張っていたのかが分かるくらいに。
「私と同じ大学に行くために頑張ってくれて、ありがとう。」
そう囁いて、彼の横顔から私の顔を離す。本当は、もう一言だけ言いたいことがあった。でも、この距離じゃ言えない。もし彼が起きてしまって、私のその言葉を聞いてしまったら、彼を混乱させてしまう。
私は、元の席に座り、鞄の中から本を取り出す。本を開き、自分の口を覆う。
「本当に、ありがとう。・・・・・・・・・・・・大好き。」
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