第98話 第48.5局 弟子編⑦

 金曜日、深夜、僕の部屋。試験まであと一週間。


 僕の心の中はぐちゃぐちゃだった。試験への焦り、勉強をしなければというプレッシャー、妹さんへの申し訳なさ。そして、・・・・・・


「師匠・・・・・・。」


 師匠と将棋がしたいという気持ち。


『気晴らしに、あの場所に行ってみるとかさ。』


 妹さんの言葉を思い出す。


 本当なら、今すぐにでも・・・・・・。


「あ・・・れ・・・?」


 突然、視界がぼやける。自分の目から涙が出ているのだと気が付くのに、数秒の時間を要してしまった。


 限界・・・なのかな。


 椅子の背もたれに体重を預け、目を閉じる。脳裏に流れるのは、あの場所での時間。師匠と将棋をしながらたわいもない話ができる時間。ゆっくりとした穏やかな時間。とてもとても心地よくて幸せな時間。


 ・・・・・・ちょっとだけ。


 僕は、立ち上がった。





 玄関の扉をガチャリと開ける。その時、後ろからのほほんとした声。


「今日は、行くのね。」


「悪いことはするなよ~。」


 二次試験一週間前に外出する息子に対してこのセリフ。うちの両親は相変わらずのほほんとしすぎている。ただ、今はそれがありがたかった。


「行ってきます。」


 そう言って、扉を閉める。そして、入口の近くに置いてある自転車に飛び乗り、全速力でこぎ出す。


 あの場所へ向かって。

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