第84話 第42.5局

「負け将棋だなあ・・・。」


 部屋の中で、ベッドに寝転がりながら私はつぶやく。時間は午前1時半。掛け時計のカチカチという音が、妙にうるさく感じた。


 負け将棋。実際に負けが決まった将棋ではなく、負けそう、あるいは、将来負けるであろう将棋のことを指す。一般的な言葉なのか、誰かの造語なのかは知らないが、ずっと私の心の中に残っている言葉だ。


 今まで、私は、何局負け将棋を指してきただろうか。そして、その中の何局、諦めずに逆転を狙い続けただろうか。


 数を正確に覚えているわけではない。だが、全ての負け将棋において、私は諦めるということをしなかった。私は、往生際が悪いのだ。


 だからこそ、私は、諦めない。たとえ、負けが決まっているのだとしても。姉さんとのこの将棋だけは、絶対に・・・。


「さて・・・と。」


 ベッドから体を起こす。スマートフォンを操作し、電話をかける。PrPrPrという呼出音が耳に響く。それと同時に、私の心臓の鼓動が徐々に早くなっていく。


 音が鳴り止む。


「・・・もしもし。」


 いつも通りの彼の声。


「ヤッホー、弟子君!」


 私は、とびっきりの明るい声を出す。自分の心臓の鼓動音が、彼に聞こえないように。

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