第58話 第33.5局 師匠編③

 病室の扉を開く。母さんと元妹弟子、そして、数名の親戚たちの姿があった。皆、目に涙を浮かべている。特に、元妹弟子の顔は、涙でぐしゃぐしゃになり、見るのもつらかった。


「・・・ねえさん・・・。」


 彼女の声は、今にも消え入りそうなほどだ。


 その声に導かれるようにして、病室の中に入る。そして、ゆっくりと、皆が囲むベッドの方へと歩みを進めた。ベッドには、一人の男性が横たわっている。その男性は、今現在も生きているのではないかと思えるほど、きれいな顔をしていた。


「・・・父さん。」


 その男性は、私の父であり、そして、元師匠だった。





 父さんが重度の心筋梗塞で倒れたという知らせを聞いたのは、月曜日の昼のことだった。大学での2時間目の講義が終わり、さて、3時間目の空き時間は何をするかと考えていた矢先、母さんから連絡が入ったのだ。私は急いで駅に向かい、快速列車に飛び乗った。


 私のいる県から、実家のある県までは、バスだと3時間30分、新幹線を使っても2時間30分はかかる。果てしなく遠いというわけではないが、今の私にとっては、とてつもなく長い距離に感じられた。


 快速列車から降り、新幹線へと乗り換える。新幹線の走る音、中の話し声、独特のアナウンス、その全てが、今の私をイラつかせた。気を落ち着かせるため、車内販売のコーヒーを飲んだ。泥のような味だ。気が落ち着くどころが、さらにイライラが加速した。


 新幹線から降り、駅から出ると、数メートル先にタクシーが止まっているのが見えた。急いで駆け寄り、乗車する。


 その時だった。いつでも連絡が取れるようにと握りしめていたスマートフォンが振動したのは。


「お父さんが・・・」


 母さんの涙声が、私の耳に響いた。

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