触れる

むーこ

第1話 朝の風景

十代の少女達に好きな男性タレントを聞くと真っ先に名前が挙がる者の1人として、ファッションモデルのクォン・ウォンジュンがいる。

幼少期から韓国と日本を行き来して育った彼は182cmの長身と類稀なる美貌を活かしてモデルデビューした後、たった2〜3年で人気を博しバラエティ番組やドラマに出演するようになった。またSNSでは310万人のフォロワーを持ち、動画サイトでも個人チャンネルを開設している。

それ程の人気にも関わらず彼は一切驕ること無く、謙虚な姿勢で礼儀正しく周囲の人々と接している。




そんな彼を裏の顔まで知っているのはウォンジュンの同居人である首藤盛重。ウォンジュンとは違い芸能関係の仕事はしておらず郵便配達員として日々働いているが、お互いほぼ日中に働き夜を家で過ごす生活をしている為に顔を合わせることは多い。ゆえに1日の初めは相手の顔から始まるなんて日もザラであるが、そういう時、盛重の前に現れるのはメディアを通じて見るものよりも遥かに幼い顔の青年が朝からワイドショーを見ながらスキンケアに勤しむ姿である。


「モリシゲ、今日の日差しはケタ違いだよ。日焼け止め持ってけ」


言いながらスキンケアグッズが詰まった箱から日焼け止めを取り出し近づいてくるウォンジュンに、盛重は黙って顔を差し出す。そうして顔やら首やら腕やらに真っ白な液体を塗りつけられながら、目の前の白い柔肌を「羨ましい」と思った。というのも、盛重の顔と身体には生まれつき血管腫による赤痣があるのだ。顔は眉間から右目周辺にかけて、身体は首から右胸、そして右手の先にかけて広い範囲で。

この痣について幼い頃から苦い思いをしている為に、ウォンジュンと出会った当初は彼が盛重の顔にスキンケアを施そうとするのを「あんまり触ろうと思うな」と断っていたが、日焼け止めだけは塗らせろと五月蠅いので塗ってもらうことにしている。




そうして日焼け止めを塗り終えた後、盛重は家を出るまでに朝食を済ませ、身支度をしながらウォンジュンの化粧をする様を眺める。ウォンジュンが1つ道具を取り出す毎に、朝一番に見る童顔が切れ長のミステリアスな美男子へと変貌していくのは何度見ても慣れない。

ちなみにこの変貌はウォンジュンの個人チャンネルでもコスメ道具のブランド名と共に公開されているが、世の中には彼が整形をしているものと頑なに信じる者が一定数いるらしく、検索サイトで『ウォンジュン』と入力すれば必ず検索候補として『整形』というワードが上がってくるので不思議なものだと盛重は思う。




盛重が家を出る頃になると、ウォンジュンは化粧をする手を一旦止めて玄関まで見送りに来る。


「今日は定時で上がれるかもしんない」


「そう、俺はラジオ収録で帰るの10時とかになるかも。夕飯はそれぞれで食べよう」


「うん」


無難なやり取りの後、玄関ドアを開けようとする盛重の袖をウォンジュンが「おい」と引っ張った。


「行ってきますのポッポ(※)」


「あー…やるの?」


「やって欲しい」


そう言って目を瞑るウォンジュン。盛重はしばし迷ってから、彼の頬に軽くキスをした。ウォンジュンはキスを受けるとパッと目を開き、照れ臭そうに笑いながら盛重を家の外へと押し出し、ドアを締め切ってしまった。

締め出された盛重は「何なん」と眉をしかめてから会社へと向かっていった。鼻にはファンデーションの香りがまだ残っている。




※ポッポ…韓国において軽いキスを意味する言葉。日本で言う『チュー』と同じぐらい。

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