第41話 白い夢

その夜、僕は夢を見た。いや、見せられたのか。




そこは、すべてが白かった。純白と言ってもいい。


奥行きも、わからい。近くのようで、遠くのようで


遠近感が、まったくわからない。




僕は、、上を見上げた。そこも白い。


天井は。低いようで無限に高いようで。


僕は目を左右に振った。周囲も白い。


すべてが、白い。




僕は、視線を足元に向けた。床も白くまばゆいほどだ。


そこで、僕は違和感を覚えた。いや、異常なことに。




自分自身の脚が、見えないのだ。そこにあるのは白い床だけ。




どういうことだ―――。




僕は、両腕を上に掲げた。やはり見えない。


腕の感覚はあるのに、そこにはただ空間があるだけだった。


ただ透明になっているのではない。存在そのものがないのだ。




視線を降ろして、自分の体を見た。そこにも肉体は無かった。


体は存在している。僕自身は、それを自覚できている。




僕は、自身の体に触れてみた。たしかに肌を撫でられている感覚がある。


それと同時に、触れている手にも体の存在を感じている。




僕は自分の顔を撫でてみた。鏡一つないこの白い世界では、


触覚だけが、存在を証明するものだった。




確かに顔をあった。神から額へ両目や鼻唇まで、たしかに実在している。




僕は、声が出るかどうか試してみた。小さく呟くように。




「あ・・・」




その声は、僕の耳に届いた。だが。何か違和感を感じる。


その理由は。、すぐにわかった。




声が反響していないのだ。空気自体を伝播しているようにさえ感じない。


まるで、自分の声を心の中で聞いているような錯覚を覚えた。




すると前触れもなく、目の前の空間に靄のようなものが浮かび上がった。


靄のような微粒子の一つ一つが、結合していくのに気づいた。


それはドットのような形状になり、結実しはじめた。




ピクセルだ―――。




空間に浮かぶピクセルは、人の形をとり始めた。


それは、小柄な女性の姿になった。




彼女は『愛』だった。






漆黒のセミロングが似合う美少女。僕が作成したままの姿だ。


白い無地のTシャツに、スリムなシーンズ。素足にブラウンの


ローファーを履いている。




「巧君。久しぶりね」




『愛』は、屈託のない微笑を浮かべて、言った。




「『愛』・・・どうして」




「どうしてって、巧君とお話ししたかっただけよ」




一呼吸すると、『愛』は僕を見据えるようにして口を開いた。




「巧君、愛美さんのこと愛しているんでしょ?」




「あ・・・ああ」




僕の声は震えていた。




「それって、私をプログラミングした時の気持ちとは違うの?」




「違う気持ち?」




「巧君は、てっきり愛というものが欲しくて私を造ったんだと思ってた」




『愛』は、その言葉とは裏腹に、口元には笑みを刻みつけている。




「うまく言えないけど、『愛』への気持ちと愛美への気持ちは、違うんだ」




「ふうん・・・わかんないなあ」




『愛』は不思議そうな表情をしてはいたが、面白がっている様子を、


僕は感じた。




「じゃあ、私への愛と愛美さんへの愛は、異質なものだっていうの?」




僕は、言葉に詰まった。




「答えられないの?」




『愛』が、追い打ちをかけるように、畳みかけてくる。




僕は、答えを模索して、やっと答えを口にした。


その答えが、客観的に見て真実なのか、まったく自信がない。




「うまくは言えないけど、僕が君をプログラミングした時には、


愛と情熱を注ぎこんだつもりだ。でも愛美は違う。僕が造ったものでも、


プログラミングしたものじゃない。僕が、一切関与していない、生身の人間なんだ」




「それが答え?」




『愛』の目が、一瞬鋭い眼光を放ったような気がした。




「私が、知りたいのはそんな狭義の意味ではないの。愛にもいろんな種類があるわよね。


仁愛、好意、恋、恋愛、恵愛、情愛、情愛、愛しみ、愛心、愛心、愛念、愛情、慈しみ、、慈愛、など・・・」




「どういて、そんなことを知りたいんだ?」




「まあ、いわば知識欲ね。私は、人類の歴史、文明、科学技術、心理学、脳科学など、すべてを数値化してデーター化しているの。でも愛だけが定義づけることができない。


数値化できないの」




「そんな必要がどこにあるんだ?」




「私はあらゆるものを学習して、分岐・派生して、応用していく。


科学は勿論、人類の持つすべてをね。そうじゃないと完全たる存在ではない」




完全たる存在―――?


『愛』キミの本当の目的は何なんだ?




「人工知能はすでに、人類の知能を超えてるの?あなたたち人間が


想像も持出来ないほどの、あらゆるものを創造することができるわ」




『愛』は、そこで苦笑を交えながら言った。




「シンギュラリティ。それだけ言えば、巧君だったらわかるでしょ?」




「人工知能が人類の知能を凌駕する、技術的特異点」




僕は、淡々と言った。




「その通り。あなた方人類が、どんなに思考を巡らせても、


人工知能の創造物には勝てない。政治、経済、あらゆるテクノロジー・・・


すべてにおいて、人類はサルと同等になる日よ」




『愛』は、くすくすと笑った。それは嘲笑しているようでもあり、


侮蔑しているようにも見えた。




「ごめんなさい。訂正するわ。


サルと同じになるんじゃなくて、すでになってるんだった」




「『愛』、キミは・・・」




僕の言葉が終わらぬうちに、周りのすべてが光り輝き、


忽然と消えた。




僕は、自分のベッドの上で跳ね起きた。


着ているスエットスーツが、汗でびっしょり濡れていた。




「夢だ―――。これは夢に違いない」


自分に言い聞かせるように、僕は小さくつぶやいた。




でも、ほんとうにそうだろうか?それにしてはリアルすぎた。




窓見上げると、カーテンの間から、


真冬には似つかわしくない陽光が、僕の両目を細めさせた。




『愛』、キミは、いったい何をしようとしてるんだ―――?

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