第32話 シンギュラリティ

今どき、紙媒体のものを読むとかと、よく友人たちに笑われるが、


僕は、本が好きだ。ページをめくる感触、それに紙の臭い、


それはディスプレイフォンに表示されるものでは、


味わえないものだ。




僕は、お気に入りの本である『シンギュラリティ概論』を手に取った。


何度も読み返したため、本の四つ角はボロボロになっている。




シンギュラリティとは、技術的特異点といい、


人工知能の力が、人類の頭脳をはるかに越えることを意味する。




僕は、『シンギュラリティ概論』のページをめくった。


そこにはグラフが描かれている。




横軸が西暦、縦軸が知能を数値化したものが記されている。


そのグラフには、赤と青の色に区別された2本の線が、引かれており、


人間の知能を表す青い線は、約30度の傾きで、右肩上がりの直線で表示されている。




一方、赤い線は人工知能の発達の推移を示している。


その線は、西暦2045年頃までは、人間の知能を下回っているが、


それから大きく歪曲して、急激に上昇し、人間の知能を


はるかに上回っている。




その人間の知能の青色の線と人工知能の赤い色の線が、


交差している一点を、コンピューター工学者たちは、


シンギュラリティと呼んでいた。




つまり、その時が、人工知能が人類の知能を越える時点だ。


いわば、人智を超えるパラダイムシフトが起こる可能性を秘めた時だ。




人工知能が人智を超えた存在になるには、ディープラーニングが必須となる。




ディープラーニング――深層学習――とは、人間が自然に行う行動、学問、科学、


それに心理をコンピューターに学習させることだ。




ふいに、僕の脳裏に『愛』のことが、よぎった。




『愛』に、ディープラーニングは可能だろうか?




答えは、イエスだ―――。




勿論、僕が、『愛』をプログラミングした時に、


膨大なビッグデータを組み込むことは、時間的にも物理的にも不可能だった。




だが、僕は、『愛』のプログラムをした時、


学習に特化したものを、コンセプトとして組み込んだ。




『愛』は、柔軟にすべてを学習する―――人工知能だ。




今や『愛』にとって、インターネット上のクラウドを


主とした、あらゆるサーバーにアクセスできる可能性は、


決して低くないと思う。




人類の文明は、たしかに加速度的に進歩している。


だが、コンピューターの能力は、人類のそれをはるかに凌駕している。




極く簡単な数式で例えてみる。


人の文明の加速度は、1+1=2、2+2=4、3+3=6・・・という風に


段階を経て進歩していると仮定しよう。


しかし、コンピューターは、乗算で段階を踏む。


1の二乗は1、2の二乗は4。ここまでは人類のそれと変わらない。


だが、人とコンピューターの違いはここからだ。


3の二乗は9,4の二乗は16、5の二乗は25・・・。




二乗で計算したが、それは二乗ではなく、十乗かもしれないし、


百乗かもしれない。




人間の脳のニューロンは100兆以上あり、


あらゆる状況やパターンの情報を高速で処理するが、


現時点でのコンピューターの情報処理能力は、人間の300万倍以上だ。




これだけのエポック(段階)の速さを考えれば、


人工知能は、早晩、地球上で最も優れた存在になる。




しかし、世界にある人工知能は数百種類に及ぶ。


それらには、人の組織が、管理しているはずだ。


だとすれば、人工知能が単独で、そのようなことを実現できるはずもない。




そこで、僕は『愛』の存在を、再び思い出した。


もしも、『愛』が、多くの人工知能の特徴や情報処理能力を解析し、


学習、そして、人工知能同士を繋ぎ、巨大なネットワークを


作り出せるとしたら―――。




本当に『愛』は、それを実行し、


人智を超えるような存在になるのだろうか?




はっきりとそうだという自信は、僕にはない。


ただ、これだけは確信している。




人智を超えた存在とは、神だ。


世界中にある、ほとんどの宗教では、


人の力が、及ばない超越した存在を神と呼んだ。


人工知能が、人智を超え、神のような存在になる日は、極めて近いのは事実だ。




僕は、『シンギュラリテイ概論』の一節を思い出した。




神が人をつくったのではない。人が神をつくったのだ――と。

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