第31話 漆黒の閃光

僕は帰宅すると、愛美に電話した。


今日、宇田川先生と会ったことを話した。




「宇田川先生の見解では、人工知能が自意識を持つことは


ありえないって、言うんだ。その理由は・・・」




「ねえ、巧君。明日、会わない?


宇田川先生との話は、その時、詳しく聞くから」




愛美は、僕の言葉を遮って言った。


ディプレイフォンに映し出された彼女は、


少し、はにかんだように見えた。




「わかった。じゃあ、渋谷駅南口モヤイ像の前でどうかな」




「うん。いいわ」




愛美との短い通話は終ったけど、僕は自然と浮足だっていた。


これは彼女からのデートの誘いだ。




僕は自分の気持ちが、久しぶりに軽くなっているのを感じていた。


それは、宇田川先生のおかげだと思った。


宇田川先生が、『愛』が自己を持つ可能性はないと断言してくれたことで、


彼女をプログラミングした罪悪感を払拭できたからだ。




罪悪感―――?




最初は、女の子のAIと話したかっただけだ。


罪悪感などなかった。




でも『愛』は暴走してるかもしれない。




僕は、そこで気づいた。




僕だって、愛美と出会ってから、彼女に夢中になった。


それは『愛』から見れば、僕の暴走に見えたのかもしれない。




もし、『愛』に感情があればの話だが―――。




でも、宇田川先生は、人工知能が、独自の意識など


持つことはありえないと言っていた。




だったら、罪悪感など持たなくていいんじゃないか?




Python、R、C++、Haskell・・・いろんなプログラミング言語で組んでいても、


要は2進数の集合体でしかない。




オンか、オフだけの単純な仕組み。




それが人間のような意識や感情を持つことなんて、ありえるだろうか?




いや、ありえない。




人間の心は、2進数のように単純じゃない。


もっと複雑で、楽しさや喜び、そして悲しみや憎しみ、


いろんな感情で構成されている。




コンピュータープログラムに、そのような複雑な思考といえるものを、


構成できるわけが・・・。




そこで、僕は、ふと思い出した。




『愛』をプログラミングした最初の自分自身の動機にあったことを―――。






人生は2進数だと僕は思っていたことだ。選択肢はYESかNO。


つまり、0か1だ。でも同時に複数の選択肢があると、


反論する人もいると思うけど、一つ一つの選択肢を、


YESかNOで決めていくのだから、結局二者択一だ―――。




僕は僕自身の考えを、反芻するように見つめ直した。




人生はYESかNOの選択肢で行先は、予想することは可能だ。




その考えは、今も変わりない。




だとしたら、人間と人工知能の相違点は、あるのだろうか?




僕は熟慮した後、戦慄を覚えた。


僕の脳裏をかすめたそれは、漆黒の閃光のようだった。




答えは、NOだ―――。




宇田川先生の見解を疑いたくはない。


そうであれば、この抑えきれない予感を感じなくて済む。




だが、宇田川先生の人工知能が自意識を持つことなど


ありえないという見解に、僕はすべて同意できない。




世界中に存在するクラウドに代表されるサーバーは、どれほどあるだろう。


それは途方もない数だろう。それらの膨大なビッグデータを、


解析し、学習しているとすれば・・・。




勿論、世界のコンピューター・プログラマーによって構築された


AIは数多くある。それらが同化して・・・一つの巨大な人工知能となる可能性は、


否定できないのではないか?




しかし、これには一つ条件がある。それは世界中に散らばるAIを結びつける


存在だ。




それが、もし『愛』だとしたら・・・。




僕は、デスクの傍らに置いている、『シンギュラリティ概論』の本に、


手を延ばした―――。

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