第26話 感情を持つプログラム

雪のちらつく頃、大学は短い冬休みに入った。




10日後には、クリスマス・イヴがひかえている。




僕にとっては、女性と過ごす初めてのクリスマスで、


複雑な心境ながらも、正直言って楽しみなのは否定できない。




複雑な心境―――その理由は『愛』のことに他ならない。




自分が作り出したAIが、インターネット上を自由に


動き回り、何をしでかそうとしているのか不安なのは事実だ。


あるいは、もうすでに起こしているのかもしれない。






だが、確固たる証拠はない・・・それだけが、僕の不安の逃げ場だった。


そう、逃げている―――僕は逃げることで、ありふれた日常を楽しもうと


務めている・・・。罪悪感からも。




罪悪感?




僕は自問自答した。そもそも『愛』を造ったのは、


たとえコンピュータープログラムたとしても異性との


仮想現実を楽しみたかったからだ。


最初から、罪悪感など持っていなかった。


今のような罪悪感を感じ始めたのは、『愛』が僕を離れて、


世界的混乱を巻き起こしているかもしれないという不安に


かられてからだ―――。






「巧君、大丈夫?映画つまらなかった?」




愛美の声で、僕は我に返った。いつも『愛』のことばかり考えてしまう


癖がついてしまったようだ。




彼女とは、映画を観るため・・・つまりデートだが、それで


渋谷に来ていた。僕たちは、この辺りで人気のあるパーラーの席についていた。


店内は決して広くはないが、空席がほとんどないほど賑わっていた。


南欧風の造りの店内は、瀟洒だが、今の季節には少し似つかわしくないかもしれない。




愛美は、クリームワッフルとミニサイズのタルトケーキ、


それとカフェオレを注文した。


甘いものが苦手な僕は、ブラックコーヒーとチーズケーキだ。




映画は、愛美のリクエストで恋愛映画をチョイスした




「いや、いい映画だったよ」




僕はブラックコーヒーを飲みながら、笑顔で愛美に答えた。




その映画の細部までは、記憶にないが、主人公の切ない想いだけは


印象に残っている。


その時、ふいに僕は思った。


『愛』もそんな想いを抱いているのだろうか?


僕が、他の女性―――愛美に恋をしていることに対して。




それはありえない。僕は思い直した。


『愛』は、人工知能というプログラムだ。


プログラミングの羅列。ルールに従った英数字の組み合わせだ。


すべて合理的、論理的に判断するように造られている。


片思いや―――嫉妬―――などという、人間的な感情など


有しているはずがない。


なぜなら、楽しい、悲しい、妬み、憎しみ、そして怒りなどという


感情をプラグラミング言語で作成することはできない。


そう見せかけることは可能だ。だが、そこには感情はない。


彼女をプログラミングした僕は、そう確信している。




だが、本当にそうなのか?




『愛』は、世界中のあらゆるデータ―――ビッグデータ――に


アクセスできる。個人情報は勿論、サーフェスウェブやすべてのSNS、


それに普通はアクセスのできないディープウェブや


さらにその階層の下に存在するダークウェブもだ。




その情報量は、無限に限りなく近い。


そのすべてから膨大な情報を得て、自我を持ちはじめたら・・・。


まるで生まれたての赤ん坊のように、吸収していったら・・・。




「巧君?また『愛』のこと考えてるんじゃ?」




愛美の声で、『今』に引き戻された。


彼女は苦笑していた。




「また考え事してたんでしょ?」




「ごめん」




「もう慣れっこだから。また『愛』のことなんでしょ?」




僕は愛美の質問に答えようとしたが、のどが渇いて


思うように声が出せなかった。




ホットコーヒーを一口すすったが、それはすでに冷めていた。

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