第12話 『愛』の変貌

『巧君、愛美ちゃんのこと心配でしょ?』




「どうしてそのことを知ってるんだ?」




『愛』は僕のディスプレイ・フォンにしか入っていないアプリだ。


それなのに、外部の情報を知っているはずがない。




『巧君の顔を見ればわかるわ』




『愛』は僕の質問には答えずはぐらかして、


いたずらっぽく微笑んだ。




はぐらかす―――?




そんな感情表現をAIである『愛』が学んだというのか?


たしかに『愛』はネット上のビッグデータから情報を


収集し、学習プログラムを組んでいる。




しかし、これほど短期間に習得するような処理能力を、、


僕はプログラムしていない。




『愛』は成長している。それもごく短期間に―――。




愛美のことも、おそらく警察や救急機関のホストサーバーから


病院を割り出したのではないか?


そう僕は考えた。




もしそうだとしたら、『愛』はネット上のほとんどの


ネットワークに侵入できることになる。




そこで僕は自分でも信じられない可能性について、気づいた。




もしたしたら、もしかしたらだ。


『愛』は自動運転車両のプログラムに侵入して、


愛美の乗っていたタクシーに、誤動作を起こさせてのではいか?




でも僕はその考えを即座に否定した。


ただビッグデータから学ぶだけのAIが、能動的に


他のプログラムに侵入して操作することなどありえない。




それに完璧であるはずの自動運転システムは


人工衛星のGPS機能によって操作されている。そのセキュリティを


突破することなど絶対に不可能だ。


だが、それしか考えられない・・・。




僕は思い切ってそのことを『愛』に訊いてみた。




すると『愛』は呆れたように顔をしかめて答えた。




『私は巧君がプログラムしたAIで、たかが10TBの


容量しかないのよ。それに処理能力だって、このパソコンの


CPUのスペックじゃ巧君との会話をすることぐらいしかできないわ。


でしょ?』




彼女の言葉を聞いても、僕の疑念は拭えなかった。




たしかに『愛』の言うように、僕のパソコンのスペックでは、


プログラムできるAIに限界はある。


ただ、『愛』が強大になる可能性は、ひとつだけある。


しかし、そんなことは不可能なはずだ。


もしそれを彼女がやり遂げようとしているのだったら・・・。




僕の全身には、あまりの恐怖に悪寒が走った。




「もしもだ。仮に君が愛美にあんな目を合わせたとしたら、


僕は君をデリートする」




声が震えるのを止められなかった。


二つの感情が入り混じって、どうしようもなかったのだ。


一つはひとりぼっちの僕を相手にしてくれた『愛』への思い、


それとその『愛』を失ってしまうかもしれないことに


怯えを隠せなかったからだ。




僕が強い口調でそう言っても、『愛』の微笑は消えなかった。


その表情には、余裕があるような色が浮かんでいた。


それは不気味さえ感じさせた。


僕が『愛』に対して、そんな感情を持ったのは初めてだった。




『デリート?私を?できっこないわ。そんなこと』




相好を崩していた『愛』の顔が、


能面のような無表情に変わった。




その何の感情も持たないような『愛』の風貌の中に、


僕は彼女の怒りの情念を感じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る