僕と彼女のオカルティズム
佐倉真理
短編
肝試し①千駄ヶ谷トンネル
「思うのですが、
「わざわざ心霊スポットまで出向いている僕たちが言っていいことじゃないな」
僕と
今日は同じ講義を取っていなかったのだが、彼女の方から呼び出しがあって集合することになった。
『今日の夜、あいてます?』
『ちなみに八時くらいです』
というメッセージがSNSアプリに送られてきた。別段、断る必然性も無かったし、彼女とは会いたかったので二つ返事で了承した。
五時に本日最後の講義が終了した後は図書室で3時間ほど時間を潰して待っていたのだが、待ち合わせた開口一番が「千駄ヶ谷トンネル行きません?」というものだったのには閉口というか、苦笑いというか、『らしい』という納得が立ち現れた。
千駄ヶ谷トンネル。
都内の心霊スポットのド定番である。
明治神宮と赤坂御用地のあいだにあるトンネルで、今現在、都内の交通網として普通に使われていた。
そんなこの場所がどうして心霊スポットとして扱われるかと言えば、墓所の下を開通しているトンネルだからである。
このトンネルは東京オリンピックにあわせて開通したものだった。すぐ近くには国立競技場もある。交通の便を良くするために無理やり墓の下をくぐる形で作られたのだった。
千駄ヶ谷駅から10分ほど歩き、問題のトンネルの前までたどり着く。
夜だからということもあるが、確かに雰囲気はあった。
照明と言えば
「トンネルと心霊スポットはよく結び付けられることが多いです。都内でも
「都内じゃないけど有名どころだと
「はい。とにかく、トンネルと言えば心霊スポットというか、肝試しに結びつきがちです。干乃くんの言った犬鳴トンネルなんかは特に顕著ですよね。というのも、トンネルは薄暗い場所だからかヤンキーや犯罪者、あるいはホームレスのような人々が集まりやすいのです。犬鳴トンネルだと少年グループが会社帰りの男性を焼き殺す事件や死体遺棄事件が起きています。ちなみに有名なアレ、なんでしたっけ、看板の文句……」
「『この先日本国憲法は適用されません」?」
「それです。あの看板は実際に建てられていたらしく、というのも肝試しに来る若者を追い払うために近隣住民が置いたらしいのですね」
「それが結果的に新たな都市伝説になってしまった……ってことか。皮肉というかなんというか……」
「噂を厭う行為が結果的に新たな怪異を生む。煽りはスルーするに限るというわけです」
会話する間にも何人か人が通りかかっていた。そのほとんどは肝試しを目的にしておらず、サラリーマンや若者と言った普通の通行人で、彼らは僕らを無視するか「なんだこいつ」というように一瞥して去っていった。
したり顔で語っているが、今の僕たちは肝試しに来る迷惑なヤンキー側である。
「このトンネルは特にそういう事件事故が起きたという話は聞きませんが、白いワンピースの女性が追いかけてくるとか、血まみれの女性が逆さづりになってるとか、車のガラスに手形がつくとか、まぁそういう怪談に事欠かない場所ではありますね」
古典的かつ典型的な実話怪談の文脈の心霊現象たちである。
恐い、という感想よりも苦笑いの方が先に来る。
「……妙だよな。なんで白いワンピースの女なんだろ。怒るんだったら上の墓地の霊とか……紀州徳川の
それにしたって別段、寺が廃寺になったとか墓が取り壊されたというわけでもない。そこまで脅かしてこなくてもいいだろうに、と妙な感想を抱いた。
「幽霊の間にも流行とかあるのかも知れませんよ。こちらのパブリックイメージに合わせてデザインを変えてきてくれてるのかも」
「だとしたらそろそろ更新した方がいいな。白いワンピースの女はちょっと見飽きたし」
「しかし不思議ですよねぇ。怪奇現象で語られる女性の怪異は白い服装のことが多いですよね。お岩さんしかり貞子しかり、八尺様しかり……カシマさんはどうでしたっけ?」
カシマさんとは噂を聞いた夜、枕元に現れて「足、いるか?」と聞いてくる怪異のこと。いらないと答えると足を切られてしまうのだという。
僕はその噂を聞いてしばらくのあいだ、素足で寝ることが出来なかった。そのくらい印象に残っている怪異譚である。
「……あれ、服の色とか指定されてたっけ?」
「うーん……でも映画とかイラストだと大体白い服じゃないですか?」
確かに言われてみればそうだった気がする。
女の怪異=白い服、というのはもはや枕詞のようにすぐさま連想されるものなのかも知れない。
「……あ、そうだ。多分、『口裂け女』との関係です。あれは確か血の目立つ白いコートを着ているという話があって、その流れでカシマさんにもそのイメージが流用された……という話を聞いたことがあります」
たしか『昭和オカルト大百科』で読みました、と沙也加は言った。
その本は僕も読んだことがあった。
ノストラダムスの大予言をパロディしたような表紙の本である。昭和オカルトブーム期のUMAやら怪異やら都市伝説やら終末論やらはこれを読めば大体フォローできる……という一冊だった。
「円藤さんも大概、幽霊に間違えられそうな服装してない?」
ちなみに今日の彼女は乳白色の浴衣である。
いわゆる純白でこそないが、
と、そこまで連想して気が付いた。
「あ、そうか。白色なのって死に装束だからか」
「ああ。でしょうねぇ。江戸時代の幽霊画は白装束に額烏帽子という形でもっぱら描かれるわけですが、あれは幽霊を視覚化する際、死人の姿として出力したからでしょうね。分かりやすいアイコン化ということでもあるかもしれません」
それが白いワンピース、という現代的なデザインにつながっていくということなのだろう。だとするなら、やはりここに現れる例は白無垢であるべきなのだ。ワンピースの女が現れるのは場違いである。
僕が勝手に腑に落ちていると、沙也加は何を考えたのか前歯を出した変顔を始めた。手は前にだらんと下げられている。
もしや幽霊のつもりだろうか。
「こんにちわ。幽霊です」
などと自己紹介までしてくれた。
物まねで名前を言ってしまうのは禁じ手だと思うのだが、どうだろう。
……まぁ、「お岩さんです」とか言い出さないだけまだ良心的かもだが。
そうなると不謹慎が過ぎるというか、洒落にならない。
「……いよいよ持って洒落恐に出てくるウェーイ系大学生の様相だな。やめた方がいいよ」
「ええー?大丈夫っすよ。私寺生まれの先輩とかいるんで」
「急に三下キャラにならないでく「ヒャッッッッッ!!!」どうした!?」
沙也加が急に悲鳴を上げ、そのままうずくまった。
唐突な出来事に流石に僕の心臓を跳ねだす。
まさか本当に呪いか、祟りが立ち現れた……?
心配になって、彼女の元に駆け寄る。ついでにスマホのビデオも立ち上げて撮影を始める。
「大丈夫?」
「……水」
「ん?」
「水滴が落ちてきました……」
「……ああ」
確かにこのトンネル内は湿気が多かった。そう言えば昨日は雨だったか。
上は墓地だし、水がここまで伝ってくることもあるかもしれない。
「ああ……ビックリしましたぁ。でもちょっと残念です。いよいよもって未知との遭遇が始まったかもって思ったのに……」
「祟りがこの程度で済んでよかった、と思うべきだな」
そう言いながら、僕はそっと録画終了ボタンを押した。
ひとつ分かったことは、僕も彼女も似たもの同士だということである。
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