セルリアンブルー

頼永灯

セルリアンブルー

  セルリアンブルー


 雪と祐一は、とある土曜日、14時57分に電車に乗っている。

 冬の一日はとても短い。

 二人は北から南へと出かけ、南から北へと帰ってくるところ。

 座席は埋まっているが立っている人は少ない車内の中ほどへ、二人はそろそろと移動する。

 祐一は右手で吊革を掴む。雪は背が低く吊革を掴むのがつらいので、仕方がないから車内の揺れに意識の30%ぐらいを割く。倒れないように。倒れないように。

 西日が車内に差し込んでいる。二人は顔を見合わせ「眩しいね」「眩しいね」と交信する。メッセージがうまく相手に届いたことに安心し、窓枠が額縁で、中身が流動する絵画を二人は鑑賞し始めた。

 高架と平行に走る高速道路。赤く燃える空。一軒家の屋根がどこまでも続いていく町並み。人の声がしない車内。

 世界が暗転した。目の前は黒。時々すごいスピードで絵画の中を通り抜ける、あれはトンネル灯。車内は真っ白な蛍光灯の色になり、急に人の輪郭が濃くなる。二人はまたもや顔を見合わせ「面白いね」「楽しいな」と伝え合う。

 しばらく暗闇の絵画が続く。穏やかな緊張感が解れ、雪と祐一は気が散漫になり、二人の意識はここで分岐する。祐一の前に座っている人は、それはそれはとても鮮やかな青色のコートを着ている。雪の後ろで背を向けて立つおじさんは、先ほどからこっくりこっくりと首が揺れている。吊革に体重の半分くらいをあずけている。

 トンネルを抜けた。しかし世界は先ほどのようには切り替わらない。日は地平線に沈もうとしている。昼から夜へ、世界の主導権は移り、絵画の世界より絵画の外側の世界の方が、白色の光が強くなる。鮮やかな青色のコートも、こっくりおじさんもそのまま形を保っている。


 ガタンゴトンと電車が走る。


 雪と祐一が下りた駅のホームは、夜の端に申し訳なさそうに体育座りしている少年みたいだった。ホームの雨避けのピカピカと明滅する灯りに導かれるように二人は歩き始める。「あの青色ってさ」「ん?」「なんていう名前なんだろうね」「良い色だったな」


 あとで調べたところ、その青はセルリアンブルーがいちばん近いようだった。

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セルリアンブルー 頼永灯 @caeum0228

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