闇狩りは雨の日に

静謐の楽団

Case:1 雨はいつも唐突に 前編

ある雨の日、私は闇に襲われた。

それを吉日と呼ぶべきか、厄日と呼ぶべきか。

私の運命が螺子曲がった日。


しとしと、ざあざあ、ごろごろ。

雨の日の夜にはご用心。

――――――――――――――――――――――――――――――

某日、午前9時のS市のとある事務所にて。



「な~にぃ? また行方不明ィ?」

コーヒーを片手に、火のついていない煙草を咥えながらコントローラーを握っている黒色のコートを身に纏ったこの女性が、私の師匠。本当の名前はまだ私も知らない。

視力は両目ともAのはずなのにいつもメガネを掛けていて、よっぽどお気に入りなのか室内だと言うのにコートを肌身離さない。脱ぐときは風呂か用を足すときだけだ。


あと体質ゆえか、物凄く目覚めが悪い。そしてお寝坊さんである。いや寝不足だろそれ、ゲームのやりすぎだって。

いつも起きるのは朝の10時くらいで、結局今回の依頼も私が受付することになった。

土曜の朝だから間にあったものの、平日だったらどうしていたのだろう。


S市は治安が比較的良好で、目立った事件も特にない為探偵業を営んでいる者は殆どいない。こんなところで私立探偵を構えるよりも、もっと都会の方で営業していた方がよっぽど客は来るというのに…。でもこんなところに構えてくれたおかげで私が今生きていられるのも事実なんだよね…



「まぁ~たお前めんどいの持ってきたな。オレはやらないからな。こっちは忙しいっつ~の。」

「師匠いつも遊んでばかりじゃないですか!!」

「何ィ!? FPSは遊びじゃねぇんだよ!!! 遊びじゃないんだよ!!!!!!

遊びじゃないんだよ!!!!!!!!!!!!!!!!」

「分かりました分かりましたよ!! もう…」


とりあえずいい歳してう○るちゃんはやめろ。

全く困った人である。こんなのに命を助けられたなんて…

しかし実際彼女がゲーム大会で稼いだ賞金は結構な額で、それを使って生活しているので親からの仕送りの負担を少しでも減らしてあげたい身としては嬉しい限りなのだが。


「とりあえず私は調査に行ってきますから、お昼はもう作ってありますので勝手に温めて食べて下さいね。」

「暗くなってから帰ってこいよ~」

「それじゃぁ意味無いじゃないですか!! …17時頃には帰る予定です。」




今回の依頼人は川口伴子さん(48)。寮暮らしの息子の川口速人さん(25)が会社に無断欠勤して寮にも帰っていないとの連絡が入り、警察に捜索願を提出するも彼を一般家出人として扱い、ろくに調査してくれなかった。

知り得る学生時代の友人たちに聞いても、ここ1年は見ていないらしく、付き合いが無いらしい。悪い人達に騙されて地下強制労働施設にでも連れ込まれたのではないかと不安になり、探査を依頼したとのことだ。


まぁ某探偵漫画でも行方不明は第一巻から登場(実際は誘拐)するが、路地裏にひっそりと建っているうちの事務所に入り込むのは、大抵が人探し絡みだ。

少なくとも、私が師匠の下で暮らすようになってからは。


社内でトラブルがあったわけでも、何かストレスを抱えていた様子も見られず、そのような物品も見つかっていない。

男性は保守的で合理的な思考に走りやすく、会社員が人間関係のトラブルなどからストレスを抱えやすい傾向にあるが、寮を拝見させてもらってもそのような物品は見つからなかった。

…というか、ハンコが置いてあったのだが。オイオイこれ大丈夫かね。

絶対家出ちゃうやん…普通ハンコのような貴重品置いてかないって…


速人さんは22歳で大学を卒業、その後IT企業に就職し、この2~3年間特に目立った出来事などは起こらなかった。平であることには変わりがないが、同僚たちとも良好な関係にあり、比較的順風満帆な生活を送っていたらしい。


そして寮を拝見させてもらったので、彼のある程度の生活様式は予想ができた。

携帯を持って行ったようなのでアラームの時刻などはわからなかったが、朝食の配給である7:30分にはいつも一番最初にやってきて、朝夕毎日欠かさず食べているそうだ。

また部屋の中は綺麗に整理整頓されていて、シャツやスーツが入っているタンス、そしてラップトップ(パスワードはわからない)が置かれている机(中には仕事で使うノート、見てみたが素人の私にはよくわからなかった)、そしてベッド。


2年間過ごしている割にはやけに荷物が少ないが、ベッドの下に置かれていた箱から見つけた幾つかのフィギュアからネトゲにハマっていたことが伺える。貰い物という可能性もあるが、机の中のノート類から家計簿が見つかったので本人が買った物だ。

またそこそこ課金をしていたようで月2万程ゲームに突っ込んでいる。課金は家賃までと言うが、本当に推定家賃ピッタシとかどこまでもマメだなぁ…

正直ネトゲやってると生活リズムが崩れそうなものだが、2年間も維持できるなんて普通にすごいと思う。


他の寮の方や配給のおばちゃんに聞き込みをしてみた所失踪した日時は2週間ほど前。連絡一つ寄越さない、電話も繋がらない、SNSも既読が着かないという予想される失踪の最適解だが、GmailのGPSサーチも不可能と中々手ごわい。


「(師匠ならサイコメトラーとかで残留思念を読み取ってパパッと解決できそうなんだけどな…)」


愚痴っていても仕方がない。

私一人では解決できない以上、IT関係で強い助けっ人を呼ぶことにした。これで連続3回目だが応じてくれるだろうか…

ちなみに、PCを覗く許可は結構すんなりもらえた。仕事関係のデータは全て会社のPCに入れてあるし、SNSは携帯でやっているのでPCは完全にお遊び用だったらしい。個人情報ゼロのパソコンもそれはそれで怖いんだけど…


『ああ、いいですよ。』

「あ、どうも、毎度すみません。」

『いえいえ、僕も最近ヒマしてたもので。それで、どこへ向かえばいいですか?』


それから30分後、彼が到着した。

牧場翁まきばおう。馬みたいな名前だが、それは地雷ワードらしい。

年齢不詳だが外見から凡そ30代後半と見受けられる。秘蔵のオタクコレクションの数々とは裏腹に、意外とスレンダーな体型。痩せマッチョのメガネ。

私と同じ師匠に助けられた人間で、助けられた幸運な人。裏サイトでブローカーのスキルを発揮して稼いでいたが、今は足を洗ってプログラミングの教室を開いているそうだ。

師匠が「借りを作りたくない」と駄々をこねるので毎回いくらかの報酬を払っているが、本人はもっぱら受け取る気は無かったようで貯金しているらしい。


今日は白パーカーでの参戦。前は普通にスーツだったのに、何故私服…


「ああ、今日はホラ、土曜日ですし? 平日は基本スーツですけど、たまには良いかなって」

「そ、そうなんですね…」

「さて、それでは案内してくれますか?」

「あっハイ。」


速人さんの部屋に案内し、ラップトップを起動させる。その傍らで一枚のディスクを取り出し挿入、再起動。

悪用を防ぐためあまり詳しいことは言えないが、パスワードを解析するプログラムがディスクの中に入っていて、内側から解析するとかなんとか。正直なんのこっちゃわからない。


色々操作した後10分程経過し、パスワードが自動で打ち込まれる。

「わぁお」

「PCも元は人間が作ったものですからね、人間が解析できないことはないんですよ。」

「じゃぁ神様が作ったパソコンは?」

「ボタン一つで世界作れそうですねそれ」


無事ログインできた。トップ画面は部屋の綺麗さからは想像もつかないような散らかり様で、ファイルが幾つも画面上に並べられていた。

百単位でどこにあるかわからないファイルを全て見るわけにもいかないので、幾つか絞れそうな部分をチェックする。

それでも何十個もあるので、結構時間がかかった。


「さてさて、何がアルカナシフト」

「ペルソナですか?」

「おや、その世代で知っているとは珍しい」

「暇な時に師匠の蔵にあったのをやらせてもらってるんですよ。いいですよねP3、メガテンから一風変わったオサレ感が堪りません。」

「って言うかトゥルーエンドクリアしてるんですね…

おっ、これそうじゃありませんか?」


彼が指さしたのは一つのメモ帳だった。

作成日時は失踪する日の丁度前くらい。

中身は規則性の無さそうな数列で、時々アルファベットも混じっていた。


「…? なんでしょう、これ。」

「ふ~ん…量的に考えると…… よし、できた。」


私が首をかしげる隣で、物凄い速度で解析が進められていた。

メモ帳をコピーし、いつの間に起ち上げたのか自分のPCにデータをコピー、よくわからない黒画面に文字が物凄い速さで進んでいき、最終的に一つの数列に辿り着く。


「この手の暗号はアプリ一つで簡単にできますからね。逆にそこが盲点になる場合もあるけど」


内容は数字と矢印の羅列だった。

1から9までの数字と、合間合間に矢印が挟んである。

一見何のことかわからなかったが、牧場さんはすぐにわかったらしい。


「真面目そうな人がこんな回りくどい文章置きますかね普通…」

「? これのどこが文章なんです?」

「ええと、フリック入力ってわかりますか?」

「……ああ、なるほど。」


フリック入力とは入力方法の一種。

主にスマホやタブレットで使用され、電話機のような3×4の数字のボタンがあり、タッチすることで上下左右に候補が出現、そのまま入力したい文字の方向へスワイプすることで入力ができる。

要するにスマホでみんなが使ってる入力方法の呼び方と考えてくれれば問題ない。


つまりこの場合、1がア行、2がカ行、3がサ行…と対応していき、矢印はそのスワイプ方向だろう。試しに手持ちのスマホで確認してみると、ちゃんとした文章に変換された。


「これは…住所? …なるほど、ネット友達というものですか。画面の向こう側なので性別を偽るのも簡単、声帯もボイスチェンジャーでごまかせるのでリアルで会うのはオススメできませんね。」

「とりあえず行ってみましょうか。」

「そうですね。」








バスを2本ほど乗り継ぎ、目的地へ向かう。

しかし、予想とは全く違う光景があった。


「崩れてる………」

「おかしいですね、Googleマップだとここには一軒家があるはずですが。」


みるも無残に倒壊した一軒家があった。かろうじて残されているパーツからここが目的地であることを証明しているが、見るに堪えない痛ましい光景だった。

警察の人達も集まっており、その中には課長の森芳もりよしさんもいた。職業柄で何度か接触したことがあり、師匠のよしみでこの手の不可解な事件の情報を提供してもらっている。彼は中々に鼻が利くタイプで、これまで4回ほど彼に貰った情報はどれも的を得ていた。


他の警察官たちの目を盗みこっそり忍び寄る。

「こんにちは。」

「おお、ゲーマーとこの嬢ちゃんか。ここを嗅ぎつけるとは勘が鋭いな。」

「いえ、それがですね……」


森芳さんにこれまでの経緯を説明する。

家出青年の捜索を頼まれたこと。

(許可を得て)寮室内の彼のPCのファイルにあったメモ帳のこと。

そしてそれが簡易的なアプリの変換でここの住所を指していたこと。


「なるほどねぇ…っつーか、やっぱりあいつらダメダメじゃねぇか! ハンコ一つ見つけられねぇのかったくよぉ… ま、確かにそんときゃぁこっちに人員回さなきゃなんなかったからな、情報提供ありがとさん。」

「お互い様ですよ。」


ハンコ、もとい押印一つで家出と判断するのは不可能だが、衣服は殆どがタンスにしまってあり、ゲーム専用とはいえパソコンという情報端末を放置しているのはおかしい。

それでも一般家出人と扱ったのは、こちらの明確な事件に人員を割く必要があったため、他に手が回らなかったのだろう。

仕事が増えてラッキーというか、事態の悪化に間に合わなくなる可能性が高くなってヤバイというか…


「でもまぁ、よくもこんな派手に暴れてくれたもんだなぁ。」


通報があったのはつい先日、夜10時ごろ突然物凄い衝撃音とともに、例の家が崩れ落ちた。人影などの目撃情報は特になく、何故この家を襲ったのかは不明。

ただ現状わかっているのは、ここの住居人、もとい被害者はある会社の部長を務めていたらしい。


「ちょっと待ってください森芳さん、その会社って……」



その瞬間、轟音とともに一つのビルが崩壊した。

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