第7話「復讐を誓う」

 あぁ、ニール……ニールの身体が……どんどん冷たくなっていく……。だれか、誰か助けて。


 誰かいないの? 誰も……だれも居ない。ここには私と、ニールしかいない。魔法を使いたいのに斬られた腕からは魔法が出せない……。


「お姉ちゃん……ごめんね……僕が足手まといだったから……」


 痛みに耐える様に、弱々しい声でニールがそんなことを呟く。ニールのせいじゃない……全ては私が悪いんだ。最初から追放を受け入れず、ニールを連れて国からさっさと逃げ出していればこんなことにはなっていなかった。


 あの人の裏切りに気づいていたら。


 仲間達の裏切りに気づいていたら。


 いやそもそも……そもそも神なんて……神なんて存在に勇者に選ばれていなかったら。こんなことにはなっていなかった。


 なぜですか、神よ。


 私はあなたの神託の通り、勇者としての役目を果たしたはずじゃ無いんですか?


 私が魔王になるなんて神託をなぜあなたは聖女に下したのですか。


 魔王を倒した今、私は用済みという事なのですか? 私はあなたを信じていたというのに……神よ……神……神……。


 答えろ神!! 今すぐここに来て弟を助けろ!!


「ニールのせいじゃない……お姉ちゃんが弱かったから……。最初から、裁判なんて受けずに逃げていれば……」


「お姉ちゃんは……生き残って……」


 この魔法陣が完全に消えるとき、私もニールも死ぬ……。それを知らないニールは、せめて私に生きて欲しいと懇願する。今の私が見えていればそんなことは……。


「ニール私はもう……。 ニール……? もしかして目が……?」


「どこにいるのおねえちゃん……? そばにいてくれてるの……?」


 ニールの目がもう見えていない……。私はまだかろうじて見えているのに、なぜこんなことに……。考えるのは後悔ばかりだ。


 神よ、お前は無能だ。私と一緒だ。何もできない、弟一人助けられない。お前は言葉を人に託すだけで何もできない。だったら……余計なことを言わず黙っていれば良いものを……。私と一緒だ。


「いるよ、お姉ちゃんはここにいる。お姉ちゃんはずっと一緒だよ」


「あぁ、お姉ちゃん……あったかい……おねえちゃ……」


「ニール……ニール……お願い……死なないで……ニール……」


 ニールの身体はどんどん冷たくなっていき、私の身体からもどんどん力が失われていく。


 心臓を抉られているのに生きて居られているのは魔法陣の効果がまだ残っているからか、それともニールが生きていてくれているからか。


 だけど、ニールの命の火が消えた時……私も死ぬ……。あいつらへの復讐もできず、こんなところで死ぬなんて……。死んでも死に切れない!!


 誰でも良い……誰でも……あいつらに復讐できるなら……。


 ダメだ、意識がもう……。


「お姉ちゃん……悔しいよ……。僕が強ければ……お姉ちゃんに酷いことしたあいつらに復讐できるのに……」


 その言葉を最後に、ニール身体から力が消えた。私の身体からもそれまで何とか繋ぎ止めていた力が一気に失われる。意識を繋ぎ止めるのももう限界だった。


 悔しいよねニール……悔しいよ……。私も絶対に……あいつらを許さない。死んでも、許さない。だけど……もう……。


 殺す……あいつらを殺す……絶対に殺す……何をしても殺す……。


 周囲の事が何も分からない、目に何も写さない。かろうじて理解できるのはか細い音だけ。そんな中で私はアイツらへの殺意だけを高めていく。


 その私の耳に、幻聴かと思える声がハッキリと聞こえてきた。


「ねぇ……復讐したい? 神に裏切られた元勇者さん達……復讐したいかしら?」


 聞いたことのない声だった。暗く、陰気で、沈んだ、心の底から全てを恨んでいるような、聞くだけで絶望に落とされそうな黒い黒い……綺麗な声。


 私が最後に聞くのがこんな幻聴だなんて……。だけどそんなことを聞かれたら、私の答えは決まっている。


「復讐……したいわ……。何をしても……どんなことをしても……私の全てを捧げてでも、復讐したい……!!」


 ハッキリと声を出せたのかは分からない。だけど、その言葉を最後に……私の意識は闇に落ちる。最後の最後、意識が亡くなる直前に聞こえた声はこう答えた。


「そう……じゃあ……。私の道具になる覚悟はある? あぁ、答えなくても良いわ……決まっているみたいだしね」


 復讐できるなら……道具にでも何でもなってやる。でも今更、私に道具になる価値なんてあるんだろうか?


 勇者と言う道具すら最後まで全うできなかった私が……。

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