第83話

「お母さん、あの、さ」


……こういう時、なんて言葉を掛けたら良いんだろうか。

俺は、お母さんを見捨てたようなものだから。

あの時、俺が人を助けていなかったら。

お母さんを助ける事が出来たかもしれないのに。

口を塞いで、何を言えば良いのか、考えていると。

お母さんの方から口が開かれる。


「なに、死んだんだ。幸玖。こんな所に居るって事は」


そう言ってお母さんは目を逸らした。

その目を逸らす行為は、いつも、俺と話す時にする癖だ。

まるで、自分を拒否されているみたいで、傷つく。

……いまは、もう、慣れた様なものだけど。


「……うん、死んだ。けど。また生き返る事が出来るみたい」


「そう……良かったじゃん、うん」


そう言ってお母さんは踵を返した。

もうこれ以上、喋る事は無いと言いたげに。


「あ……あの、母さん」


「……なに?もう喋る事なんて無いでしょ?私は死んで、あんたは生き返る。良い事でしょ?それとも、私に何か言いたいの?」


冷たい声だ。いっつもそれだ。

何も用が無くても声を掛けても良いじゃないか。

後ろを向くお母さんに俺は目を向ける。


「私はあんたが嫌いだったよ。あんな野郎との間に生まれた子供だ。さっさと成人して、家から出ていって貰いたかった」


……お母さんはそう言った。

昔から俺の事が嫌いだったと言っていた。

知ってたよ。ずっと、俺に目を向けてくれなかった。

喋りかけても、殆ど空返事だった。

俺は望まれた子供じゃなかった。それだけは分かってた。


「あんたに料理を作るのが億劫だった。あんたの服を洗濯するのが面倒だった。あんたの為に、雑巾を作ったり、学校の行事に参加するのが嫌だった。私はもっと、女としての時間が欲しかった。だから私は、私が死んでほっとしているよ。ようやく、あんたから離れる事が出来たんだから」


それが母さんの本心なんだろう。

もう、俺と関わり合いになりたくないから。

そんな言葉を掛けて、俺を引き離そうとしている。

それが、お母さんの望む事なら、それは、仕方のない事なんだろう。


「……お母さん、あのさ、俺。お母さんが作ってくれた卵焼き、好きだったよ。お母さんは、俺の事嫌いなの、なんとなく分かってたし……迷惑だと思ってたよ」


「そう……なら、もうこんな母親が居なくなって清々したでしょ?」


「………」


口が開かない。

そんな事無いと言いたい。

けど、俺は、駄目だ。そんな言葉を口にする資格はない。


「……俺の事、母さんが嫌っても、俺は、母さんが好きだった……けどね、俺、もうそんな事、言える資格、無いんだ」


だって、俺は。


「母さんが死んだのに……俺、泣けなくてさ。酷い人間でさ……そんな俺が、母さんに、好きなんて、言える事、出来ないのに、母さんに嫌われても仕方が無いのに……」


ずっと、俺が居たから。

母さんは笑ってくれなかった。

俺が居たから……母さんは、死んでしまった事に安堵を覚えてしまった。


「ごめんね、母さん、お、俺が、居たから……俺が、母さんを、不幸に、しちゃったんだ……」


「……あのさ、幸玖」


母さんは俺に対して、うんざりとした口調で言った。

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