第40話

「玄武さん。二人を引っ込めます……それが、合図です」


俺はビルの上に立つ騎士を注視する。

彼が指一つ動かす動作を見せたら即座に回避する状態を作る。

出来る事ならば、俺たちのタイミングで逃走したい。

だから相手が動かない様に見つめて、俺は手を挙げると同時にクインシーとイアネルを『収容』した。

その瞬間、入れ替わる様にアルターの能力を発動。


「止めろッ!アルタぁあ!!」


アルターの能力が発動すると同時。

騎士……〈剣の王〉バルゼがビルの端を蹴った。そして姿が見えなくなると同時、時間停止能力が発生する。


「ッ!」


肝が冷える……バルゼは、既に俺たちの間合いに入っていた。

人二人程の長さを持つ刀身、その切っ先が俺の首を捉えていた。


「逃げるぞッ!遊飛ィ!!」


玄武さんが叫ぶ。驚いている暇はない。

その刀身を避けて俺たちは後方へと走り出す。

イアネルの〈潮流血騒エナジードーピング〉の能力で身体強化が施されている俺たちを単純に表すのならば人間の十倍。人間を超えた超人ではある。

並みの生物、モンスターならば簡単に振り切れる自信がある、だが。バルゼを単純な速度で逃げ切れるとは、到底思えない。


そして、限界時間が訪れる。

アルターの能力〈そして残るは一つのみロスト・ワン・リザルト〉には能力制限が存在した。如何にこのモンスターの全能力を扱う権利を得ても、俺にはそれを扱う為の技量が足りない。

例えるのならば、絵を描こうとロボットをリモコンで操作する感覚だ。

雑に描けば描く程に時間も労力も少なくなるが、丁寧に精密に描こうとすればその分時間も神経も使ってしまう。

今のところ、俺が限界まで時を止める事が出来るのはたったの六秒。

再度使用するにしても、アルターが時を止める原理上、間を置かなければならない。


「次は何時、止められるっ!?」


玄武さんが走りながら叫ぶ。俺は後ろを振り向きながら言う。


「六十秒後ですッ!その間、首が繋がっているかどうかッ」


バルゼは自らの刃を見ていた。

確実に俺の首を捉えて斬ったと思ったのだろう。

しかし、実際には空を切っていて、刃に付着している筈の血痕が無いのを不思議そうにしていた。

しかし、即座にバルゼは俺たちの方を向き出して、剣を構える。

そして俺は、先ほどの高速移動をどう行ったのか見た。

バルゼは、自身よりも大きな剣を振ったのだ。

俺は嫌な予感がして、指を構えた。

そしてその予感が的中する様に、バルゼは空を切裂いた。

いや、空を切ったのではない。バルゼは其処にある空間を斬った。

空間、あるいは、距離、ともいうべきなのだろうか。理解し難い現象だ、しかし実際に起こっている以上、そういいようがない。

バルゼは『距離』を斬った。傍から見れば、ただ空振りしただけだろう。

だが、斬った瞬間、空間が軋んだのだ。そして接近してきた。

馬鹿馬鹿しい。概念を切り捨てるなんてっ!


あぁ、だけど、嘆いても仕方が無い。

バルゼが振り切った剣を斬り返して俺の体を二つに切り捨てようとする瞬間。

俺たちはその場から消え失せた。

〈空間転移・中〉だ。先程向かったコンビニ前に転移する。玄武さんは急に場所が変わって混乱している様子だった。


「ここ、さっきの場所か、なにが起こったんだッ」


一瞬だけ助かった。しかし、この空間転移はただの延命行為に過ぎない。

バルゼが言った言葉の通りならば……俺たちはまた狙われる可能性がある。

そしてその原因を取り除いても……もうバルゼの興味は俺たちになっている。

どうする?あれは逃げても撒ける様な存在じゃない。

考えている間にも、時間が消耗していく。


「くそ……手詰まりだ」


俺はスマホを見た。さっき〈空間転移・中〉を使用した為に、残る電力は60%程だ。

後二回消耗出来るが……それ以上は使えない。

せめて……ダンジョン内部であれば、いや、ダンジョン内部でも充電が遅いか……。

………まてよ?あそこなら……俺はある逃走方法を思いついて即座にアプリを起動した。


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