戦闘開始!! ~ラスボスを倒す話~

ぴけ

第1話

 昔むかし、ゴミ屋敷がありましたとさ。めでたし、めでたし。

 そうであれば、どれほど良かったことでしょう。私はまだ目の前の現実を受け止めきれていません。長ったらしい説明は嫌なので、サックリ説明すると『実家に戻ってきたら、そこは勝手知ったる実家ではなく、家族に放棄されたゴミ屋敷でした』。以上、一文で済みました。


 片付けも一文で終わらせたい気持ちで私の胸は膨らみ続け、女性なら爆乳になっているに違いない、そのくらいの胸を始終ぶら下げつつ、ゴミ屋敷で生活しているので肩が凝り身体が重たく嫌になる。ということで、最初の敵にしてラスボスのゴミ屋敷を倒して貧乳になろう……いいえ、スッキリ実家を片付けてしまおうと本日決意しました。いわゆる選手宣誓ってやつですね。結婚式の誓いのキスや離婚届を役所に提出するよりはだいぶ軽めですが、こういう気持ちの区切りって大事だと思います。


 さて、ここで勘の鋭い読者の方はお気づきかもしれませんが、野生のゴミ屋敷って存在しない、存在するゴミ屋敷は全部、養殖物なんです。かつて綺麗であったはずの家にエサとなるゴミをひたすら与え続け、片付けというストレスから解き放ち、ふくよかに育てあげたものが立派なゴミ屋敷です。そう、私を含め私の家族はゴミ屋敷養殖場の経営者の血を引く優秀な家系。ここまで書いた私も、実はゴミ屋敷を養殖してしまうのです。困ったもんです、本当に。


 ですが、自然と養殖技術を駆使してしまう身だとしても、実家に戻り生活できる部屋が全くないとなるとさすがに片付けます。……だって横になりたいじゃないですか。玄関も廊下も太っ腹で、お布団を敷けない状態だったので片付けましたよ、さすがに。今の部屋は元倉庫ですが、広い範囲を掃除する行為は私にはかなり激痛・苦痛を伴うもので、一番狭い部屋をどうにかこうにかした結果、なんとか横になれる空間を手に入れることができました。


 そう。一時期までは手に入れていたんです。ですが、何もない空間や整理整頓されたピッシリの部屋を見るとソワソワして落ち着かない私は、その狭い部屋すらも綺麗に維持できずゴミ部屋に仕立ててしまうことを学びました。かろうじて、綺麗じゃないと嫌だという父の血のおかげで、ゴミ屋敷養殖場の部長だった私は訓練に訓練を重ね、課長くらいまで降格しました。隙をみて昇進しようとするのは否定できませんが、とりあえず片付けの第一歩である『使わないもの・必要ないものは捨てること』を習得しました。


 ここまで私を大きく方向転換させたのは、子猫でした。私は猫が好きです。でも、自身の体調管理すら万全にできない私は猫を飼いたいと言い出せませんでした。なので、小さい頃は釣り餌のドジョウとスジエビを水槽越しに眺めていました。あの子達もかわいくて餌をあげる時間が楽しみだったことを覚えています。話が脱線してしまうので、ヨイショと戻します。そう、ターニングポイントの子猫の話です。


 実家を立派なゴミ屋敷に育て上げたあげく放棄した家族(社長と専務)が別の物件で子猫を飼い始めました。用事をしに行った際に向こうの機嫌が良ければ、僅かな時間だけ子猫を触らせてもらえていました。その触れ合いの時間はとても幸せな時間でした。ですが、機嫌が悪ければ用事で来たにも関わらず玄関すら開けてもらえない、運が良く靴を脱いで家に上がれたとしても罵詈雑言と一方的な精神的暴力で攻撃されます。流行病が蔓延するまでは子猫に癒やされた後、ぶちのめされて瀕死で帰宅という状態を繰り返していました。


 そんな生活を送っていては、持病が回復する訳がありません。一時期、体調をガクッと崩して、生活と呼ぶにはあまりにもギリギリな生活しかできなかったので、ドクターストップがかかりました。それからというもの猫を見かけると、子猫のことを考えて溜め息をついて落ち込んでいました。毎日羨ましさと悔しい気持ちで心の中がゴチャゴチャになるのは、かなりのストレスだったと思います。


 そんな鬱々とした日々を過ごしていた私に、家族から『実家を綺麗にしたら猫を飼ってもいいよ』という条件付きで許可(今思えば、まぁ一生無理だろうけどねの意味合いだったのでしょう)がおりました。信じられないことに許可がおりたのです。その発言を聞いた私は、嬉しさのあまり発光していた気がします。


 保護猫カフェで猫成分を補給していた私が、こんな美味しいニンジンを目の前にして動かない訳がありません。ニンジンをぶらさげている糸なんて噛みちぎります。今まさに『猫!、猫!、猫!!』と意気込んでいて、私の代で養殖場の血筋を絶やしてやるくらいの覚悟をしかけています。討伐目標は遅くとも5月。たっぷり肥えたゴミ屋敷に対して兵糧攻めの長期戦をしかけようと思います。


 時は来た。戦闘開始です。


 

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