第19話 真白は未来に希望を見出す
「なあ」
「お兄?」
「真白はどうしてテレビにハマったんだっけな」
「どうでもいいでしょ。いまさらそんなこと、きかないでよ」
ホラー映画の視聴からしばらく経った頃。真白はようやく冷静さを取り戻すことができた。俺から手を離してうつむいてしまっていた。
「『あのこと』、なんだけどよ。嫌かもしれないが、真白も勇気を出してみていいんじゃないかって思ってさ」
「その話はしないって、決めてたでしょ」
「ごめん」
「真白、学校いかないって心の底から誓ったんだよ。だから、わざわざ越してきたんでしょ」
真白は、あいつなりに考えている。何度も悩んでいる。そして、あと一歩のところで、いつも勇気を出せずにいる。
真白は、不登校なのだ。歳月にして、小学五年生を境に、一年近く。
「こんなこと、本当は俺も真白にいいたくない。小学校はもういかないとしても。中学生になったらどうするか。それだけは頭の片隅に置いてほしいんだ」
「どうして、どうしてお兄はこの話題を持ちかけてきたの」
誰だって、触れてほしくないところはある。隠したいこと、目を背けたいことはあるはず。そこに土足で侵入されることほど、腹立たしいことはない。いまやろうとしているのは、そういうことだ。
でも、俺はいわなくちゃならないと思っている。
「真白が『映画地獄』で怖がりつつも楽しんでる姿を見たら、ふと考えちまったんだ。いつも無表情でテレビばかりをみてて、楽していないんじゃないかって不安に思っていた。でも、今こうやって楽しそう姿を見れて、安心できたし、うれしかった」
「怖くなかったし、楽しんでないし。ただお兄を抱きしめたかっただけだし」
真白は赤面して、ぷいと後ろを向いてしまった。
「さっきといってることが真逆な気がするが、まあいいとしよう。さて、真白。ここでお兄と約束をしてくれないか。たった一つだけの約束だ」
「約束?」
「中学はふつうに登校するかどうか。それだけだ。小学校はいかないという選択は尊重する。だから、これだけは、これだけは考えてほしいんだ」
「四月まで、あと十ヶ月以上あるよ」
「いや、結論づけるのはもう少し前だ。俺が園崎と家政婦の関係を切る前だ。真白が決めるまで、俺はアイツをいつまでも雇い続ける気でいる。俺としては最悪だ。会いたくないやつに家に入られるなんて、本当はごめんだ。お兄を苦しめたくなかったら、早く決断したほうが得かもしれないな」
「脅しだよ、ひどいよお兄。はじめからそのつもりで園崎さんのことを受け入れたっていうの?」
裏切られた、といいたげな顔をしている。わかってる、わかってるさ。お兄はずるい。
「申し訳ないが、少しはある。大きな理由は別にあるから安心してくれ。まあこの脅し自体、今日思いついたばかりなんだけどな」
「お兄だけが、信じられると思ったのに…… お兄が脅してくるなんて」
「ちょっと違うな、真白。俺は、背中で真白に語りたいんだ。水と油みたいなふたりが、うちとけあえる。そんな絶対にできないと思うことを、やり遂げる姿を見せてやりたい。真白が変わるためなら、俺も変わろうっていう覚悟はできてる」
真白はふふっ、と笑った。
「お兄が熱いなんて、珍しい。それでも、まだ代わろうとは思えない。この生活から抜け出そうなんて考えられない。いまの一言で揺れ動くくらいじゃ、引っ越してまで不登校なんて続けてるはずない」
「そうだよな、受け入れられ……」
「それでも。お兄が本気なら、私も少し考えておこうかなってほんのちょっぴりだけ思えたの。ほんとに嫌い同士から仲良くなれるなんて、真白は思ってないもん。できないに決まってる。でも、そんなに自信満々にいわれたら、真白も無視できないよ。真白も、ちょっと頑張るから」
「ごめん、ありがとう、真白」
「いったからには有言実行しないとお兄のこと無視する」
「な、それがお兄にとっての一番避けたいことだと知ったうえで…… 今日の晩飯あげないぞ」
「別に一食抜いただけじゃ死なないし」
「お兄も真白に死んでほしくないから死ぬなんていうな」
「あ、うっかり失言しちゃった」
「てへぺろっ」なんてするから、俺はつい笑ってしまった。それを見て、真白も笑った。
「これからもよろしくな、真白」
「変なの。でも、これからもお世話になるから、よろしく」
俺たちは、ハイタッチした。
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