第11話 料理上手な幼馴染は「あーん♡」がしたい

「じゃじゃ~ん。頑張って自分で作ってみました」


「すごいな」


 ド定番のおかずしか入っていない、小ぶりな弁当だ。卵焼き・タコさんウインナー・プチトマト────こういうシンプルなものにこそ、作り手の力量があらわれる。見た目は抜群、つめ方も丁寧。あと考えられるのが、味だ。


「あれ、かずっちは弁当ないの」


「俺の弁当はこのウィダーだからな。なんとプロテイン入りという豪華仕様。これで午後の授業も安泰だな」


「もー、育ち盛りの男子がそれで足りるわけないでしょ。仕方ないなぁ、ちょっとあげるよ」


 ん、いまなんていった? 味が気になっていたのは確かだ。「あげる」といわれても、俺はウィダーのときに「お箸おつけになりますか」で「イエス」と答えるような狂人ではない。


「え、あげるっていうのは」


「そんなの私がかずっちのお口に『あーん』するだけだよ?」


 知っていたよ、知っていたんだ。「するだけ」って、こっちにも心の準備というやつがあってだな、たとえ幼馴染とて……


「何おどおどしてるの? ほら、栄養不足で倒れられたら困るから。お肉と卵だけでも食べて元気出して」


 笑里はそっと卵を箸で挟み、俺のほうへ掲げてきた。


「ほら、何もとらわれるものなんてないんだから。さあ、口を開けて。あーん」


 箸がこちらの方まで伸びてくる。いまさら慌てても、意味はない。思い出してみろ。ここは屋上入り口前だ。誰もくるはずがないんだ。何をしたところで恐れるものは何もない。


 受け入れるしか……


「じゃあ、いただきます」


 勢いよく卵焼きをかぶりつく。


「こ、これは……」


 噛みしめれば噛み締めるほど、卵本来の甘みがじゅわりと溶け出していく。余計な焦げ目なんてない、綺麗な卵焼き。味加減も抜群で、非の打ちどころがない。


「お、美味しいッ!! エクセレント!!」


「そ、そんなに美味しかったの」


「ハッ…… すまない」


 いつも粗食ばかりであるから、ただの卵焼きだったとしても特段うまく感じるのだろうか。いわば、「男子校にいる男子はすべての女子が可愛く見える」理論と同じ、ということだろうか。


 いいや、違う。これはただの卵焼きじゃない。ホンモノの味だ。幼馴染補正なしに、これは美味しいんだ。


「うれしいな、毎朝じっくり時間を掛けて作ってるから」


「これを毎日か。笑里は本当にすごいな」


「そんなことないよ。私は世界一美味しいお弁当をつくりたいだけ」


「世界一っていうのは比喩だよな」


 笑里の反応が止まる。


「うんうん、違うよ。比喩じゃないし冗談じゃない。私は、世界一美味しいお弁当を作れるようになりたい。さあ、次はタコさんウインナーだよ。はい、あーん♡」


 肉汁をジュワリと溢れ出す。そして、パリパリとした食感とともに肉の風味が伝わってくる。


「だめだ、他の料理が食べられなくなりそうだ……」


「食べたくなったら、いつでも私にいってね。次はちゃんとふたりぶんつくってあげるから」


「サンキュー」


 笑里がゆっくり食べるペースに合わせ、少しずつウィダーを飲んでいった。いまさら考えたんだが、今日のメニューは明らかにタンパク質に栄養素が偏っている気がする。野菜足りてないな。でもいいよ。さわやかさ成分は笑里から受け取ったからな。



 ウィダーを飲みきり、捻って小さくしたものをポケットにつっこむ。笑里が弁当をしまい終わった段階でお開きとなった。


 紐から廊下の様子を覗く。まだ他の教室では食事が終わっていないらしく、騒がしくない。


「じゃあね、かずっち。また今度ね」


「きょうはうまい弁当のおすそわけ、ありがとうな。この借りはいつかどこかで返させてくれ」


「またいつでもあげるからね。借りだなんて思ってないから、そんなに気にしないで」


 笑里は紐を抜け、いってしまった。時間を置いてから、俺もでていく。


 本日の夕食はコンビニ弁当に変わりはないが、今日の昼飯の反省を受けて野菜を重視しようと思っている。「1日分の野菜が取れる〜」的なアレだ。


 いやぁ、それはそれとて、幼馴染の「あーん」の殺傷能力は高かった。


 _____________


 あとがき

 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。よければ、コメントや☆☆☆などをくださるとモチベーションアップにつながります。よろしくお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る