第24話 *強襲+交渉 進むべき道
それはまるで夜襲のような光景だった。
夜更けの日本家屋の豪邸に、何台もの車が乗りつけ、十数人のスーツ姿の男達が出入りしている。
南條豊和はその様子を、内心驚きつつも泰然と眺めていた。
「日付が昔のものは無視しろ、直近5年分までのものでいい!」
「仮想通貨周りは怪しい、優先的に調べてくれ!」
「美術品の鑑定書の真贋がわかるやつがいるか? いくらでも誤魔化しが効きやすそうだぞ!」
その男達はアカツキの監査役と、懇意にしている弁護士、会計士の集団だった。
完全に家捜しの状態で、ハッキリ言って異常事態とも言える。
「ちょっと、何をなさっているのです?! 一体誰の許可を得て――」
「まぁまぁお母さん、あの人たちはみんな、私のお友達だから」
「陽乃さん! あんな友達がいるわけ……一体どういうつもりなんです?!」
「大掃除を手伝ってもらってるだけだって」
「んなっ……!」
現に家主と思しき和服姿の女性が出てきては、顔を青褪めさせつつ真っ赤にするという、器用な芸当を見せていた。
当たり前だろう、突然夜中にやってきた集団に家の中をひっくり返されているのだ。怒るなというほうが難しい。
その家主を諫めているのは彼女の実娘であり、今回の夜襲の発起人でもある有瀬陽乃である。
南條豊和達は、有瀬陽乃に招かれた友人という形で、彼女の家へと訪れていた。
正直無理があると言えばそれまでだが、こういった建前や体裁は重要だ。
友人代表として南條豊和は、有瀬家の女主人に話しかける。
「夜分に失礼、私は――」
「南條豊和……っ! これは一体どういうことです?! 有瀬家は仮にもアカツキの主要株主として議決権をもっています、この事は問題として――」
「本当に、今もそうでしょうか?」
「……え、なにを……」
「アカツキは今、水面下で買収攻勢をかけられていましてね……我々も疑いたくはないが、有瀬家が離婚された旦那さんに資産運用を任せていたというのは有名だ」
「それは……っ、そんなことあり得ませんわ! 彼は離婚の際に、何一つ渡さずに追い出しましたもの!」
「何一つ、ですか?」
「えぇ!」
彼女の言う事は真実だろう。
もし有瀬家がアカツキの株を手放すことがあるとすれば、貧窮して高額での譲渡を示唆されたとき位だろう。
(もっとも、好条件なら今すぐにでも手放しそうな人だな……)
それが南條豊和の、有瀬家当主に対する評価だった。
目先の事に囚われがちな母と違い、娘の陽乃は随分強かに見える。父の血が為せる所なのだろうか?
南條豊和はつい先ほどの、有瀬陽乃からの連絡を思い出す。
『有瀬直樹を潰したくないですか?』
『……どうやってだ?』
まず最初に、そんな言葉が飛び出してしまった。
それは彼女の誘いだった。
今回のアカツキが傾きかねない買収攻勢は、確証はないものの、明らかに有瀬直樹の手によるものだという確信はあった。
しかし有瀬直樹は、その尻尾を掴ませるような相手じゃない。その有能さは南條豊和は認めている。
他の誰かがこのような事を言い出せば、一笑に付しただろう。
だが彼女はわざわざ、
『父は有無を言わさず有瀬家を追い出されました』
『……何が言いたい?』
『実はこの間、お姉ちゃんと一緒に実在したアメリカ禁酒法時代のギャングの作品を見たんですよ。密造酒や闇酒、密輸で荒稼ぎする彼を取り締まりたかった警察が彼を逮捕したのは――』
『――脱税』
『……父は異常にお金に執着する人でした』
アル・カポネ――20世紀初頭アメリカの裏社会を牛耳ったもっとも有名なギャングの一人だ。密輸、闇酒、売春で財を成すも、逮捕されアルカトラズ島に収監されたのは意外や脱税の罪である。
確かに有瀬直樹は買収や風説の流布を仕掛けてきている。だが証拠に乏しく立件するのは難しい。
だから彼女は、他のアプローチで潰せばと持ち掛けてきている。彼を潰すのに、手段を選ぶなと言われてるかのような思いだった。
有瀬直樹が、有瀬家に婿入りして建て直したという話は有名だ。
彼女によれは離婚の際に、問答無用で家に近づけさせず追い出している。
ゆえに、何かしら彼にまつわる後ろめたいものが家に残っている可能性は高い。
「ありました! 経費を誤魔化している証拠になる領収書かも!」
「アカツキ広報から出されたのと、明らかに数字が違います!」
「個人的に金銭の授受に関するものもありますね……ちゃんと計算すれば所得税にも関わってきそうだと思います!」
「不正会計に金銭の授受による所得の誤魔化しによる脱税、起訴には十分かと!」
「誰か税務署の方に連絡いれてくれ!」
案の定というべきか、様々な黒に近いグレーなものが発掘された。もはや彼がこれらから逃れることは出来ないだろう。
有瀬家の女主人がへなへなと力が抜けて座り込む。
彼女とて、予想外の出来事だったに違いない。
脱税ともなれば有瀬直樹個人だけでなく、投資家としての有瀬の家そのものへの累も及ぶ。
有瀬直樹は狡猾だ。
これらの事は、普通に外部から調べても分からないようにしていただろう。
しかし、家を直接調べられたら話は別。
有瀬家とて、彼が後ろ昏いをしていたことは百も承知だ。
まさかこのように直接調べられる事があるなんて、思ってもいまい。
だからこそ南條豊和は、こうなることが分かって協力を申し出てきた有瀬陽乃の事が気になった。
彼女の目はどこまでも真っ直ぐだった。
自棄を起こしたとか、そういった類の事は見受けられない。
むしろ強い意志と、自分の進むべき先を見据えていると言って良い。
不思議と思った南條豊和の視線に気付いたのか、有瀬陽乃はにっこりと笑みを返す。
「わけがわからない、って顔ですね」
「それは……そうだな」
「私、専務に連絡する前に、凜さんとお姉ちゃんが大ゲンカしてるところを見ちゃったんですよ」
「凜が……?」
南條豊和から見て娘の凜は、人に良く気を回し、誰かと喧嘩をするようなイメージは無かった。
ましてや灰電との婚約を受けると言って、覇気のない瞳へと変わった姿を目の当たりにしている事もあり、大ゲンカするという事が想像できない。
「2人はね、本気で本音でぶつかってたんです。パァンてね、お互いすごい音が鳴るくらいの手も出ちゃって……でもね、最後は一緒に抱き合いながらわんわん泣いてました――それがとても羨ましかった」
「……」
「私がね、弱ってた時はお姉ちゃんは包み込むように優しく慰めてくれた。凜さんは気を遣ってくれたのがわかった。でも、それだけだった……本気で叱咤したりぶつかってくれるわけじゃなく、私は彼女達にとって対等な人間じゃなく、庇護される――」
「――っ!」
~~~~♪
とその時、南條豊和のスマホが通話を告げた。
話の腰を折られた形になった陽乃はしかし、嫌な顔をすることなく通話を促し、大丈夫ですよと微笑む。
『
「え、いや、その……っ」
かけてきた相手は、今まさに話題に上っていた娘の凛だった。
『うふ、うふふふふふふ……あたしもう、今からお見合いが楽しみで――うるさい、いいの! 昴はちょっと黙ってて! というわけだから――』
「り、凜っ?!」
スマホの向こう側からは、随分騒がしい声も聞こえて来ていた。
何があったかわからないが、いつもの――いや、南條豊和にとっては娘が幼い頃、真っ直ぐにその心をぶつけていた頃の凜に戻っており、どうした事かと困惑してしまう。
「あは、あははははははっ!」
通話から漏れていた声を聞いたからか、それとも慌てふためく南條豊和の姿が可笑しかったからなのか、有瀬陽乃は腹を抱えて笑い声を上げる。
「凜さんはやっぱ凄……いや、強いですね。だから私も彼女の様にと憧れました。だからこれは、その為の親離れの儀式なようなものです」
「親離れ……?」
「ふふっ……それはともかく専務さん、私は今夜の件でアカツキに凄く恩を売ったと思うんです。そして私自身は、有瀬の家を頼れなくなってしまったか弱い女の子になってしまった」
「そう、だな……何が望みだ?」
もとより、対価を求められることは構えていた。
これだけアカツキに利があることだ、慈善事業でするようなことではあるまい。
有瀬陽乃は笑みを浮かべていた顔を一瞬にして引き締め、射貫くような視線を彼へと向ける。
(……これが16歳の少女が向ける眼光か?)
「アカツキが私の後ろ盾になってくれることを……出資者になってくれることを望みます」
「……後ろ盾はわかるが、出資とはなんだ?」
「ファッションデザインやコーディネートの会社を立ち上げたいんです。モデルなんていつまで出来るかわからないし、それへの出資なんて、今回被るはずだった損害と比べれば安い支払いじゃありません?」
「ふむ……だがそれが上手く保証は?」
「ないですね」
「ふむ」
「だから、私に賭けてください。いずれ正攻法で、父よりもアカツキに利益をもたらす部署へと成長させてやりますよ!」
「………………」
彼女の瞳はどこまでも自信と、やってやるという意志の強さの灯火が宿っていた。
思わず賭けてみたくなる、そんなカリスマがあった。
(本来の有瀬直樹にもそういったものがあったのかもな……)
だが経営者として、何のリスクも無く彼女へと賭ける事は抵抗がある。
「……3年だ。3年でそれまでに結果を出してみせろ」
「あら、太っ腹ですね」
「それで見込みがなければ、君には出資分を身を粉にしてアカツキで働いてもらう」
「あはは、上等っ!」
「……いいのか?」
「もちろん!」
この賭けに失敗したら、投資分の借金を背負えと言うべき約束だ。
だというのに、彼女はこれを引き受ける理由なんて1つしかないでしょうと言い放って笑顔を浮かべる。
「恋を知った女の子は、世界で一番強いんだから!」
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