第6話 再び


「ごめんっ! 今日クラスの皆と生地とか道具を買いに行くことになっちゃった」

「あのっ、私っ、針っ……」

「オレは居残ってメニュー決めだわ。やっぱオムライスに絵文字サービスは必須だよな?」

「そうか」


 放課後、隣のクラスの平折、南條凛、康寅は、揃って文化祭準備で忙しいようだった。


 特に平折は、裁縫に関して気炎を上げていた。

 元来平折はさほど器用な方ではない。先ほど縫い方を教えてもらっている時も、針に糸を通す段階で苦戦しているほどである。

 しかし、それが却って平折の意気込みに火をつける事になったようだ。


 平折は凝り性だ。

 それはゲームを通じて、嫌という程知っている。錬成、調合に木工……一度ハマって自分で目標を定めると、徹夜を繰り返すこともしばしばあった。

 当時はゲーム内でよくもまぁ……と呆れていたものだったが、果たして今の現実リアルでの平折はどうだろうか?


 今回もゲームの時の様に、何か目標を定めたのだろう。

 不器用ながらも自分で決めた道を邁進する姿は、見ていて応援したくなる。


 ――がんばれよ。


 心の中でエールを送り、その背中を見送った。


 さて、どうしたものか。

 自分のクラスの出し物を手伝おうにも、まだ話し合いの段階だ。俺に特に何かできる事はない。


 振り返れば、縫い方を教えていた眼鏡のおかっぱの女子と遠ざかる平折の姿。


『吉田さんの魅力は、その容姿だけじゃない』


 ふと、そんな坂口健太の警告・・を思い出した。

 先ほど、縫い方を教えてもらっていた光景に思いめぐらす。


『あ、そこはこの針を使ってみて』

『っ?! すんなりいけました!』

『分厚い生地だと針も大きいほうが楽なのよ。ほら、この折重ねたのも通してみて』

『ふぁ! すごい、一気に!』


 一生懸命教わり、上手く出来ると花も綻ぶ笑顔を見せる。

 それは周囲の教えている女子たちも魅了していた。

 あんな良い顔を見せられると、教えがいもあるというもの。


 それは、坂口健太の警告が現実味を帯びるのに、十分なものだった。


 なんだか胸がモヤモヤした。


 ――そういや、昼間顔を見せなかったな。


 そう言った事もあり、坂口健太が今何をしているのか気にかかった。

 何をしているかと思い、彼の教室へと足を向ける。


「倉井君っ?! そこをどいてくれ!」

「っえ?!」


 そこに近付くや否や、坂口健太が飛び出してきた。

 余程の事で慌てているのか、物凄い形相をしている。

 その原因は、彼の背後を見ればすぐにわかった。


「そこの人、坂口きゅんを捕まえて!」

「うちの看板娘を逃さないで!」

「ほら、お前も早くこっち側に来いって!」

「そのうち段々と快感になってくるぞ!」


 異様な集団だった。

 坂口健太のクラスメイトと思しき女子達と、女子の恰好をした男子達だった。


 その特異な迫力にたじろいでしまうが――先ほどの警告・・を思い出し、ガシッと彼を捕まえる。


「ちょっ、倉井君?! うわ、皆何をっ、落ち着い――」

「ほら、クラスにちゃんと貢献しろよ」


 俺は自分の事を棚に上げ、坂口健太をクラスメイトに突き出した。

 そして彼はそのまま、クラスの男子に羽交い絞めにされ、女子にべたべたと品定めをするかの様に触られ連行されていく。


 去り際、先陣を切っていた女子がにっこりと微笑み、礼を言う。


「ありがと。うちのクラス、女装キャバクラ『耽美』やるんだ。もし来たら、美人に変身したケンティを指名してあげてね」

「あ、あぁ……」


 なるほど、それで逃げていたのか。


 当日は是非とも坂口健太の雄姿を見に行こう――そう固く心に誓い、少しスッキリとした面持ちで学校を後にした。




◇◇◇




『昴君、平折をよろしくお願いしますね』


 駅へと向かいながら、今朝の弥詠子さんの言葉を思い出す。

 平折を気に掛ける弥詠子さんの気持ちもわかるし、俺も一緒に帰るのには異論はない。


 だが、どこで待つかが問題だった。


 さすがに学校の近場だとあからさまだ。

 俺と平折の関係を、変に勘繰られるのも困る。


 ――初瀬谷の駅前がいいか。


 何度か平折にもそこで待ち伏せされたし、一番無難な場所だろう。

 そこで待っているとメッセージを打とうとした時だった。


「あれ、吉田さんこっちに来たの? 道具の買い出しとか終わった?」

「ならちょっとこっちに来てよ。ほら、実際に生地を合わせた方がイメージも沸くし!」

「え、いや、その、私は……っ」


 駅前にある商店街での出来事だった。

 平折に似た女子が、興奮気味の女子に引っ張られている。

 彼女は平折に非常によく似ており、それがたとえクラスメイトだとしても間違えてしまうのは仕方がない。


 その子はどうして自分が彼女達に引っ張られているのか訳が分からないようだった。

 オロオロと困惑している様は、いつもあわあわする平折の様子に似ており、それが彼女達の誤解を助長させる要員になっていた。


「何やってんだ、あいつ?」


 どうしてここにいるのか、何でまた平折の恰好をしているのか疑問は尽きないが、ここで誤解されたまま放っておく気にもなれなかった。


「ひぃちゃん!」

「す、すぅくん!」


 自分の存在を彼女たちにアピールするため、少し大きめの声をだす。


「放してやってくれ。その子はその……吉田平折の妹だ」

「そ、そうです……っ!」

「倉井君? いやでも……えぇっ?!」

「またまたぁ……ウソ……だよね……?」


 俺が近づいていくと、平折によく似た少女――有瀬陽乃はそそくさとこちらに駆け寄り背中に隠れる。

 その平折っぽい行動に、クラスメイト達の顔はより一層困惑の色に染めた。


「はぁ」

「え、ちょっ!」


 隠れた有瀬陽乃の肩を掴み、強引に彼女達の前に出す。


「ほらよく見ろ。姉より少しだけ背が高いし、目元だってぽやんとした姉と比べてこっちはキリっとしているだろう? それに――姉よりも胸がでかい」

「えぇぇ……んー、確かに、この感触は……うん、違うみたい」

「そういや吉田さんにそっくりの子が居たって話も聞いたけど、この子の事かぁ」

「ふぇっ?! やっ、あのっ?!」


 有瀬陽乃はジロジロと不躾な視線だけじゃなく、昼間平折がそうされていたように、ペタペタと無遠慮に身体をまさぐられていく。

 もみくちゃにされている彼女は、なんてこと言うの! と言いたげな涙目で抗議の視線を向け――俺はそっと目を逸らした。


 まぁ、なんだ。割と色々際どい所をまさぐられていたので、直視できなかったというのもある。


「じゃあね、妹ちゃん!」

「文化祭には遊びに来てね!」

「あ、あはは……」


 有瀬陽乃を弄るのに満足したクラスメイト達は、肌をつやつやさせて笑顔で去っていった。

 後に残された彼女はジト目でこちらを睨んでくるが、こちらもジト目で睨み返す。


「ちょっと! あの助け方はないんじゃない、すぅくん!」

「十分助けただろう……ていうか、ここで何やってるんだ、ひぃちゃん? その恰好は?」

「あーいや、これは……」

「……」


 有瀬陽乃はうちの制服を着ていた。

 先日うちの学校に現れた時のセーラー服ならともかく、これでは平折を知る者が勘違いしても仕方がない。


「その、悪かったわよ……制服受け取ったばかりで浮かれてて、そのまま着ちゃってたのよ」

「は? どういう――」

「あ、そうだ! せっかくだからちょっと付き合ってよ!」

「おいっ!」


 しおらしい態度から一転、強引に俺の手を引き連れられて行く。


 先日色々と吹っ切れたのか、有瀬陽乃の顔は笑顔だった。

 それはかつての、幼い頃のひぃちゃんを想い起こされ、全く仕方がないなと苦笑してしまう。


 しかし、連れてこられた店を前にして愕然としてしまい、どうしていいかわからなくなってしまった。


「今日、下見させてくれるって言ってたんだよね。どうせだからすぅくんの意見も聞こうかなぁって」

「いやでも、ここは……」


 そこは高校生にとって、まず縁がない様な店だった。

 意気揚々と店に入っていく有瀬陽乃の背中を呆けた顔で見送ってしまう。


「すぅくん?」

「あぁ、今行く」


 新しく作ったという制服に、今入っていった店。

 有瀬陽乃が何をしたいかはわかるのだが、あまりの事に思考が着いていけてない。


 ――アカツキ不動産。


 それが俺達が足を踏み入れた店だった。

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