第16話 不意打ち


 この状況に混乱していた。


 非常階段は校舎の北側、あまり人が寄り付かない場所にある。

 日当たりも悪くジメジメしていて薄暗い。

 好んで来る様な場所じゃない。


 そもそも南條凛は、さっきまで平折達と一緒だったはずだ。


「あーあーもぅ、何そんな辛気臭い顔してんのよ! あ、もしかしてあたし? 惚れちゃった? いやぁ可愛いって罪ね」

「うるせーよ、厚化粧」

「なっ?! あ、あんたねぇ、乙女に向かって何てこと言ってんのよ!」

「乙女……?」

「って、何笑ってんの?! 失礼な奴ね、まったく!」

「くくっ」


 よくよく見れば、またも南條凛は目元の隈をメイクで隠そうとしていた。

 それを厚化粧と揶揄すれば、たちまち顔を真っ赤にして噛み付いてくる。

 ぷりぷり頬を膨らませて眉を吊り上げながら、互いに軽口を叩き合う。


 ――不思議な感覚だった。


 南條凛とは康寅が話題にするのを聞くくらいだ。

 ましてや本人と会話なんてした事無い。


 だというのに、まるで長年の悪友に接するかのような言葉がスラスラ出てきた。


 この既視感めいた感覚には覚えがあった。

 かつての平折の言葉と共に、フィーリアさんと南條さんの姿が重なる。


 ……


 似たもの同士なのかもしれない。

 だとしたら――


「まぁいいわ。それより聞きたいこ――」

「なぁ、今まで親しかった友人が過去イジメに遭ってた事を知ったら、どうすればいいと思う?」

「はぁ? いきなり何よ?」

「いいから、参考までに聞かせてくれ」


 気付けば、そんな事を聞いてしまっていた。


「祖堅君がイジメられてたとか聞いた事ないけど?」

「……違う、他校のやつだ」


 思えば、突飛な質問だ。

 南條凛は訝しそうな顔をして俺の目を覗いてくる。

 言葉の意味は何かと、探るような瞳だ。


「……ふぅん?」

「……」


 ……唐突過ぎたか?


 南條凛とは先日の件で初めて話をしたというだけだ。

 当然、彼女の事をよく知っているわけでもなく、仲が良いわけでもない。

 しかもフェイクを織り交ぜた抽象的な質問だ。


 普通の友人だろうと答えにくい。


「つまり――その友人が実は裏でイジメられてたのを知らなくて、それを最近知っちゃってどうしようってこと?」

「……そうだ」


 だというのに、簡潔にこちらの意図を汲み取ってくれて、舌を巻く。


 さすが、だと思った。

 こういう気遣いができるからこそ、あの人気なのだろう。


「なるほどね」

「……」


 南條凛の瞳がスゥっと細められる。

 いつもの人当たりの良い気配はどこにでもなく、どこか値踏みされるかのような視線が突き刺さる。


 何かを思案するような表情が、何故か先日、自傷気味に呟いていた時の顔を連想させた。


「馬鹿じゃないの?」

「……なっ!」


 そして返って来たのは意外な言葉だった。

 呆れた顔で、さも下らない悩みだと両断する。


「もしくは相手を馬鹿にしてるわね」

「おい、南條!!」


 思わず声を荒げてしまった。

 カッと頭が熱くなっている。


 ――俺が平折を馬鹿にしている?


 その言葉は看過できなかった。


 俺の声に驚いたのか、南條凛は目を見開き「へぇ」と嘆息。何か珍しいものを見るかのように、俺を見る。

 そしてどこか愉快そうに、しかし悲しそうな不思議な顔で笑いを零す。


「ねぇ、その友達はなんで黙ってたんだと思う?」

「何でって……」


 それこそ俺が聞きたかった質問だ。

 だというのに、南條凛はちゃんと考えたの? と、俺をたしなめるかのような表情をしていた。


 思わず、詰め寄ろうとした足が止まる。


 ……


 平折が俺に言わなかった理由……?


「知られたくなかったんじゃないの?」

「そんなっ――」

「逆の立場だったら、あんたならどうすんの?」

「それ、は……」


 恐らく、黙ってただろう。


 心配掛けたくもないし、ゲームでは対等な親友だった。

 現実でそんなことがあったとしても、遊ぶ上では些細な事だろう。


 だって、ゲームでは確かに友人として――


「その相手とこれからどうしたいか――過去より未来の方が重要じゃない?」

「――もっともだな。ありがとう、目が覚めたよ」

「どういたしまして」


 大仰に返事をする南條凛は、何か眩しいものを見るように目を細める。

 その意味はわからなかったが、なんだかこそばゆかった。


「くすくすくす。それにしても、よほど大切な友人なのね」

「……うるせーよ」

「羨ましいわ」

「は?」


 いつも注目されて友人に囲まれてるのに、何を――


「先日ここで告白された相手、真理ちゃん……同じクラスでよく一緒の子が好きだったんだって」

「それは……」

「おかげで影じゃビッチ呼ばわり。まぁ珍しいことじゃないけどね」

「……」


 そういって、南條凛は困ったような顔で笑う。


 言葉がなかった。


 彼女が何故猫を被っているかわからないが――その原因の一端を見た気がした。

 何かを言うべきか逡巡するも、何て言っていいかわからない。

 そもそも彼女とはそこまで踏み込むような間柄じゃない。


 だが、今しがた世話になったのは確かだ。


「俺は――」

「それよりも! 聞きたいこ――」



 きゅうぅぅぅぅ



 可愛らしい音色が話を打ち切った。


「聞いた?」

「聞いた」

「こういう時は耳を塞げ!」

「無茶言え」


 顔を真っ赤に文句を言われるが、渡りに船と感じたのは確かだった。


 俺もいつの間にか気分が晴れ、お腹の虫が自己主張をしだして今にも鳴きそうだ。

 すると、途端に恥ずかしさがこみ上げてきた。


 ――まさか南條さんに相談するなんてな。


 ロクに話もしたことない相手に、何やってんだろう。


 目の前にいる華やかな美少女は、お腹の音を聞かれたことを恥ずかしがって、ぽすぽすと足で足を小突いてくる。

 その様子がまるでフィーリアさんゲームの平折みたいな行動で、あぁだから相談してしまったのかと笑いがこぼれる。


「俺はもう飯に行くけど、お前は行かないのか?」

「~~~~っ!! 行くわよ! 友達待たせてるし!」


 南條凛――本当、不思議なやつだ。




◇◇◇




 朝も昼も、平折に対して変な態度を取ってしまった。

 うじうじと自分勝手なことで悩んでいたせいだ。


 色々と気づかせてくれた南條凛には感謝している。


 しかし、それとは別の問題が発生していた。


 思えば、平折の方から何か行動を起こそうとしていたのだ。

 それを袖にしたような事をしている。


 怒っていないだろうか?

 午後の授業の間、その事ばかりが気になっていた。


 そうして迎えた放課後。


「昴、帰りどーする?」

「ん、今日は帰るわ」

「そうか、じゃあまた明日な」

「おぅ」


 康寅が声を掛けてくれた。

 遊びの誘いというよりかは、俺が大丈夫かどうかの様子を見に来てくれた感じだった。


 普段抜けているクセに、こういう所は気が回るやつだ。

 おかげで少し気が楽になった気がした。


 平折に妙な態度を取ってしまったのは事実だ。

 謝ったほうがいいだろう。

 だけどどうやって?


 帰路を歩きながら、その事を考えるが――妙案は浮かんでこない。


 平折と会話した記憶があまりに少ない為、こういう時どうしていいかわからない。

 気恥ずかしさから、ちゃんと言えるか自信もない。


 ――こんなとき、普通の家族ならちゃんと通じ合えることができるのだろうか?


 奇妙な形で、平折との距離を再確認してしまうことになった。


 ……


 ああ、そうだ。

 ゲームでならどうだろうか?

 平折もオフ会のお礼などもチャット越しじゃなかったか?


 もしかして平折も同じ気持ちだったのだろうか?

 そう思うと、なんだか心が軽くなり、口元が緩んでくるのがわかった。


 そうだ、ゲームで――


「~~っ!」

「……っ!」


 住宅街に差し掛かる途中の交差点での事だ。


 ――そう思ってる矢先の事だったので、心の準備が出来ていなかった。


 襟もきっちり、スカートも膝が隠れる規定の長さ。

 長い黒髪をひっつめ、真面目そうなしかし地味な感じの女の子。

 その子が両手を握って小さく構え、よし、と言わんばかりにこちらを見据えていた。


 どうみても俺を待ち構えていた様子だった。


「平折……」

「~~っ!」


 不意を打たれ小さく名前も呟くもしかし、心臓は喧しく鳴り響いていた。

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