さよならマクロマン
@raoki
第1話 エラーの魔物
エラー。
業務中幾度となく立ち上がるメッセージ。無機質に容赦なく私に突き付けられる、間違いの指摘。しかも老婆心から来る親切な忠告とは違い、何かのオブジェクトがないだとかコンパイルがどうとか、理解できない言語が並んでいる。
こいつが現れるたびに作業は止まる。だがこいつはまだマシ、前座である。私にとっての日常のささやかなラスボスは、このエラーを回避できる代わりに手数は増え質も安定しないアレ。そう、「手作業」である。
私が勤めている部署では、エクセルを元にした社内ツールでデータを集計している。エクセルツールなのだから、セルに値を入れてボタンを押すのだが、その入力値自体がそこそこ複雑なのもあり、ツールの補助ツールがさらに別個に用意されていた。それだけでなく、結局社内ツール単体では実行できない業務についても、専用のエクセルマクロツールを、部門にいる物好きが用意していた。
そう、私の部署はエクセル万歳社会であった。同僚同士で盛り上がる共通の話題はショートカットキーやエクセル関数。社内恋愛の噂よりも使える野良のマクロに飢えたバーバリアンが男女ともに跋扈している。うわ、キモいと思ったあなたは健全である。
ブラインドタッチの可否やショートカットの知識で平気でマウントを取り合い、効率効率と叫ぶ彼らの中で、私が後れを取らないために必要だったのは、必然的に「マクロ」を使いこなすことだった。ボタンを押せば結果が出てくるわけだから、これほど楽なものはない。そう思っていた。マクロに限らず、ツールやシステムというのは入力された内容が適切であることを前提とする。なので説明書を読んで、その通りに入力するのだが、それでも現れるのが冒頭に書いている、無機質なエラーだった。多くの人がマクロを試し、そしてエラーに敗れていった。製作者は自分が楽できればいいやと適当に思って作ったものを、「わーすごーーーい!」と無邪気に展開すれば、必ずしも全員の使用感にはフィットしない。そして「なんかエラーがでるんで、自分で作りました笑」と、同じ権能を持つマクロが乱造されていく。
私はエラ―が出てもあきらめたくなかった。手作業がいやだったからだ。そしてマクロを作ることもしたくなかった。ガチガチの文系だった私にプログラミングなんて無理だと思っていたし、そもそも1日12時間ほど働かされる日常で勉強などできないからだ。なので仕方なく、エラーが出たら恥を忍んで作者に戻すことにした。入力方法が間違っているから動かないわけで、説明書も読めないのとあおられるところから始まる。実際にはあおられているわけではなく。煽られていると思い込んでいるだけなのだが、それでも人の、しかもそこそこ優秀な人の時間を奪ってデバッグさせるのは新人の私にとっては心苦しかった。でもマクロに動いてもらわないと仕事にならないので、頼み続けた。
新卒2年目、人の時間を食って業績だけトップになってしまいやむなく表彰されたとき、私はご迷惑をおかけした分、お返しできるよう頑張りますと「一言」を返したのだが、まさかの総スカンであった。VPのときはあった拍手もない。これは舐められていると思い、仕方なく、エラーの魔物と立ち向かう決意を固める。
私は、プログラムを読み始めた。
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