3月30日(火) 悲しみごと吐きたいのに
吐きたい
そう思っていた。
それなりに前から、吐けるようになりたいと思っていたけれど、あの日からはもっと格段に、吐きたいと思うようになった。
私が、目も当てられないほど痩せたら、あなたは私を見てくれますか?
もう一度、助けに来てくれますか?
おかしいことは分かってる。こんなやり方じゃ伝わらないのも分かってる。こんなことしても、先生は戻ってこない。分かってる。
だけど、私にはこの方法しか、無いと思えてならないんだ。
食べたものを吐く。すぐに吐く。それができるようになりたい。
ずっと食べないということは、周りの目で不可能だ。学校、給食が始まればなおさら難しい。でも、食べてすぐ吐くことで無かったことにできたら、食べないことと同じ。もったいないとか、体を壊すとか、それならそれで良い。罪悪感と不調で悲劇に見舞われるならそれでも良い。とにかく、とてつもなく悲劇的になって、そしたら見てくれるんじゃないかって。おかしくてもなんでも、それしか知らないからやるしか無い。
というか、元々ショックで食欲はそこまで無い。だけど食べなければ家族がうるさいから、とりあえず食べるしか無かった。
晩御飯をひきつった笑顔で食べきり、期待を胸にする。
この悲しみが、寂しさが、吐くことで食べたものと一緒に出て行くんじゃないか。その思想は、リストカットで血液と一緒に辛さを流すことと同じだと思った。
指を2本、突っ込んでみる。舌の根本を探るようにすれば、胃がひっくり返るような感覚がして、喉がうずく。…いけるか。うぐっと一言唸るけれど、何も起きなかった。微妙に気持ち悪い。吐きたい。吐きたい吐きたい吐きたい。早く、一秒でも早く。食べたものが吸収されないうちに。
もう一度試む。もっともっと奥まで突っ込む。悲しくないのに涙が溢れる。……いける!目を見開いて体を曲げる。………ぼたぼたを口から滴り落ちたのは。ただの胃液だった。
だめだ。指だからダメなのか。ふらふらと台所に行って、大きめのスプーンを持ち出す。飲み込んでしまうんじゃないかというほど、舌の奥をぐぐっと潰す。胃が締め付けられるような感じがして、喉の奥から出てくる感覚がするけど、やっぱりそれは、ただの胃液。
………吐けない。
何度、何度試みても、吐けなかった。今度は悲しさで涙が出る。ダメだ。こんなんじゃいけない。いけない。早くしないと吸収してしまう。あなたを想う無駄な時間、無駄な悲しみ、無駄な寂しさ、その全てを外に出せるかと思ったのに。
胃を殴る。下から上へ押し上げる。何かが上るけど、すごく気持ち悪いけど、それでも、吐けない。吐けそうな気は確かにするのに。
小さく唸りながら座り込んだ。腕に顔を伏せた。
涙が止まらない。結局できない。何もできない。これしか私には無いのに。これではちっとも痩せられない。…ぜぇはぁ息をする。気持ち悪い。胃が初めて感じる、痛みのような何か。埋まらない寂しさ。終わらない悲しみ。埋まらない。埋まらないんだ。心の穴が。取れないんだ。心の鉛が。吐き出せない。下剤なんか持ってないし、自分の手で吐けるようになるしか無い。早くきちんと、吐けるようになりたいのに。例え戻ってこなくても、もう会えなくても、だったら、あなたが忘れられないように消えたい。助けざるをえないような姿になりたい。
吐きたいのに。吐けない。
食べたものは胃に残る。悲しみは心に残る。全部、まだ私の中に確かにあって、私を苦しめ続ける。そして私は泣き続ける。
どうしたら良いのか、分からなくなった。
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