093 捜索する者たち④

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 ヴレンデールに入国してから、ヴァルハーレとロンショットはひたすら移動を続けた。

 途中またスニエリタの動向が追えなくなる期間が発生したが、それでも構わず一日たりとも休むことなく、ひたすら遣獣を西に向かって飛ばしていた。


 探索妨害が行われる寸前の位置は掴めている。最低限その地点まで行けば、次にまた現れたときにすぐ追いつくことができる。

 これまで探知を行って得られた情報はすべて記録してあり、探索妨害の前後でほとんどスニエリタは移動していないことがわかっているので、焦る必要はない。


 さすがにマヌルドとヴレンデールでは気候がかなり違うため、軍人といえどもこのような強行軍は身体に堪える。とくに砂漠地帯を抜けるまでがかなりきつかった。


 一応立ち寄った町や都市ではスニエリタのことを聞き込んでみたが、あまり収穫はなかった。

 マヌルド人は民族的にワクサレア人と近いところがあるため、ヴレンデールの人間には両者の区別がつけにくいらしく、しかも地理的に近いワクサレア人はよく見かけるのだ。

 したがってマヌルド人の若い娘がいても別に目立つわけでもなく、彼女が名乗ったりしなければ誰かの記憶には残っていない。


 皮肉なことに、軍服のまま追跡しているふたりのほうがよほど人目についていた。

 どこの町でも必ず物陰から子どもがこちらを見ているし、大人もじろじろとまではいかなくとも密かに視線を寄越しては、訝しげな表情を浮かべている。

 ヴァルハーレに関しては女性一般からの視線もたびたび受けていたが、今はそれどころではない。


 ともかく移動に移動を重ねて、すっかり遣獣がくたびれてしまったころ、ようやく首都シレベニに着いたのだった。


 手持ちの移動向け遣獣をひたすらローテーションでこき使ってきたわけだが、それもさすがに限界だ。

 かなり近づけているのはわかっているので、ここで遣獣の回復を待ちながら聞き込みを行うことにする。


 まず覗いたのはフィナナのときと同様、地下の違法クラブだ。

 他の都市でも貧民街が形成されているような場所なら似たような施設はあるが、これまではまずその場所を探す時間が惜しかったため、ヴレンデールに入ってからこのようなクラブを訪れたのは初めてだった。


 結果として、そこにスニエリタが現れた痕跡は見られなかった。


 シレベニの貧民街自体がフィナナとは比較にならないほど荒廃していたのもあり、さすがに近づきがたかったか、それほど資金に困っていなかったのではないかとヴァルハーレは思った。

 いくら紋唱術が思うように使えるようになったとしても、まずこの通りを歩くことだけで身の危険が脅かされる。とくに女性のひとり歩きは不可能だろう。


 街の住民にも、主に宿の従業員などを当たってみたものの、芳しい答えはなかった。


 よりによってスニエリタが滞在していたのと同時期に国際的な規模の商業イベントが行われていたとかで、国外から参加した商人連中やそれを目当てに来た観光客がかなりいたのだ。

 ここでも特徴の少ないマヌルド女性の目撃情報を得るのは困難だった。当てはまる人間が多すぎてどれが彼女の足跡なのかわからない。

 首都ともなれば万単位の人間が生活しているわけで、せめて彼女の行動が掴めないことには誰に尋ねていいのかもわからない。


 かといってシレベニに滞在する時間を無駄にするわけにはいかないと、ふたりはだめもとで紋唱術師センターに足を運んだ。


 万が一ここで術師滞在登録を行っていたのなら、そこから利用した施設も調べられるし、上手くすれば一緒にいる人間の数や人物像も掴めるかもしれない。

 だが、追跡されている以上そんな迂闊な真似をするとは考えにくい。

 吉と出るか凶と出るか、ふたりは無言で照合を待った。受付前に大の大人がふたり並んで、しかも揃って軍服姿の外国人ともなれば、かなり異様な光景であっただろう。


 果たして、スニエリタの滞在登録はあった。


 施設の利用記録は無料訓練場を数日使ったくらいだ。

 これといって目ぼしい情報ではない。そういう場所はつねから不特定多数の人間が出入りしているうえ、各部屋がきっちりと仕切られているため、同じ日に利用した術師同士でも顔を合わせにくい。とてもスニエリタの目撃情報は挙がらないだろう。


 ただ、興味深いこともわかった。彼女と同じ日、同じ時刻に登録を済ませた人間がふたりいる。

 手続きの仕組みからいって、偶然時間が重なったことはありえず、一緒に登録所を訪れたと考えて間違いない。


 登録所の人間は情報を開示することを渋ったが、ヴァルハーレが手を握って真剣にお願いしたところ写しを渡してくれた。担当者が女でよかった。


 ともかく受け取った資料に眼を通して、ヴァルハーレは驚愕した。


 一枚目。

 ハーシ人、男性、十七歳。ハーシ連邦ティレツヴァナ州モロストボリ出身。

 首都カルティワのエルカヴィッツ紋唱学校卒。


 二枚目。

 イキエス人、女性、十六歳。イキエス王国バリマール県ヤラム市出身。

 同市立オイア・ネケ紋唱術訓練所卒。


「……どっちも驚くべき愚図じゃないか」


 あまりのことに思ったことをそのまま口に出してしまった。

 だってそうだろう、何度もヴァルハーレの探索紋唱を妨害してきたのだ、相手もそれなりの実力者には違いないと踏んでいた。


 それが蓋を開けてみれば聞いたことのないような小さな学校の出の若造ばかりが揃っている。

 紋唱術はまず第一に質のいい教育機関でしっかりと基礎から応用までを習うことが大切で、そして実戦をこなし時間をかけて経験を詰んでいくことでその腕を磨いていくものだ。

 このふたりにはどちらも欠けている。


 百歩譲って探索妨害を行っている人物は別にいると仮定しても、それほどの腕を持つ術師がいくらつねに同行できないからといって、わざわざこんな寄せ集めも甚だしい連中にスニエリタを預けているのか?


「いや、相手はある程度の規模を持つ犯罪者集団という可能性が消えたわけじゃない。こいつらはきっとその使い走りなんだろう、歳が近いんでスニエリタの世話係をやらされているんだ」

「……ハーシ人の若い男と、その連れの女……フィナナでもそういう目撃情報がありましたね」

「ああ、そういえばそんなこと言ってたな。まあいい、何にせよスニエリタの護衛がこのふたりだけのときなら突破は容易だろう」


 言いながら、ハーシ人男のほうの資料を睨む。


 ティレツヴァナは恐らくかなりの田舎だ。

 そこからわざわざ首都に出ながら国立の学校に通わなかったということは、そのぶんの学費が支払えないような貧乏人ということになる。

 大方はした金で雇われてこんな犯罪に手を染めたのだろう。


 それは女のほうも同様だ。ヤラム市なんていうのがどこにあるかは知らないが。


 学も品位もない連中がスニエリタの傍に侍っているのかと思うと気分がよいものではない。

 それもとくに歳の若い男が一緒だというのは。十七の男なんて、この世でいちばん理性の弱い生物だと言ってもいい。


「ロンショット……きみの客観的な意見を聞きたいんだが、スニエリタは魅力的か?」

「……へっ? あ、……ええと、その、そうですね……母親のヴァネロッタさまにもよく似てらっしゃいますし、一般的には美人だと……」


 慌てているのか、かなり言葉に迷いながらロンショットが褒めたのは彼女の容姿についてだった。


 性格面に触れると客観的でなくなるのか、と薄暗い勘繰りが働いたのはさておいて、ともかくスニエリタの容貌が優れていることは確かな事実だ。それはヴァルハーレも認めている。

 加えてあの大人しい性格なら、迫ってくる男を容易には拒めまい。


 スニエリタの貞操が守られていない可能性は以前にも考えてはいたものの、こうしてそれが真実味を帯びてくるとそれなりに不快なものがあった。

 というか、なんだろう、彼女の意思を無視して犯されてしまうことよりも、彼女が自分の意思でその身を誰かに委ねたかもしれないことのほうが、ヴァルハーレにとっては気にいらなかった。


 なんというのか、相変わらずスニエリタはヴァルハーレに優しくしてくれないのだと思い知るようでもある。

 連れ戻せばいくらでも矯正できるとはいえ、やはり婚前に汚れた女というのは面白いものではないし、ヴァルハーレの中にも嫉妬に似た感情が浮かばないわけでもない。


 これまで彼女とは最低限の付き合いしかしてこなかったが、それでもやっぱり許婚だ。

 最後は自分の腕の中で笑っていてほしいし、妻として女の悦びを与えたいし、何より夫となる男に優しくしてくれるに越したことはない。


 経験したかどうかなんて嘘をついてもすぐにわかる。不貞の事実がわかったら、それなりの折檻が必要だろう。


 そしてその相手にもだ。スニエリタがどういう身分の人間で、ヴァルハーレという婚約者がいることも知っているはずだし、たとえ知らなかったとしても許すわけにはいかない。

 そして犯罪者にかけてやる情けもない。多少あとの手続きは面倒になるかもしれないが、とりあえずこいつは殺す。

 女も同罪だ。


 いつの間にか、ヴァルハーレは資料を握り潰してしまっていた。

 その手を見てロンショットは何も言わないが、腹の中では何を思っていることだろう。


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