第七章 代表決定戦が始まる
バースを超えた向こうには長いコンクリの堤防があり、高潮などから島を守っている。その上には万里の長城のごとく歩道が続いている。
マリはバースを超え、駐車場を横切り、堤防の上に出た。海がよく見える。左には逗子に続く山々が長く広がっている。その先に小さな影が見える。
「ジュン、こんなところにいたのかい?」
車椅子に乗ったジュンがスロープの手すりに手をかけて同じように海を見て
いる。
「今日で終わるね」
ジュンが小さな声で答える。
「終わんないよ、これからだ」
あたしはわざと大きな声を出した。
「そうだね、マリなら、行ける」
「あれから三年だね」
ジュンが海を見たまま小さくつぶやいた。
「ああ」
強い風に煽られて顔に横髪がかかる。そうか、あれが起きたのもオリンピック最終予選だった。
「どうしてなんだろう?」
「何が?」
「こうしてチャンスがめぐってくる。あの時もそうだった。でも現実感がない
んだ。あのときは、ジュン、あんたのために勝とうと思っていたよ。それが自
分のためでもあると信じていた。そしてあの波が来た。あれから考えたよ。ど
うしてなんだろうって。代表があたし達じゃ行けなかった理由があったのかな
って」
ジュンが右手を上げてひさしを作る。
「そうだね。もしかすると、誰が代表になるかはもう、どっかで決まっていた
のかもしれないね」
あたしはヨットグローブのせいでまだらに日焼けた両手を見た。
ジュンが続ける。
「でも、その結果は同時にどっちでもないのかもしれないよ」
その声は風に乗って流れる。そしてそのまま防波堤に消えてゆく。
「全部、夢かもしれない、ただの思い出かもしれない」
「違うよ、って言ってくれる人もいない」
「ふふふ、それだと勝っても誰も褒めてくれないよね」
ジュンがくるっとあたしの方を向いた。そして続ける。
「マリ、あなたはもう自由になっていいんだよ」
湿気を目一杯含んだ風がふと、やんだ。
「ほら、ランニング(ヨットが追い風で走る状態)のときセンタボードを上げ
るだろう?マリ、引き摺ってきたものを全部諦めて誰よりも早く走るんだ。あ
んたは先にすすめる。アンと自分のために走りなさい」
「私は勝つよ、世界をねじ曲げても、どんな手を使っても代表になる」
「マリ、あんたならできるかもね」
「そしてあんたを引き戻す」
強い風に煽られた太陽は斜めに海面を撫でていた。
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