第六章 再び失われるクルー

 眠い。ナッツしかない安いスナックで一晩飲み続けて、追い出されて、始発電車の温かいシートに座り込んだときのような気分だ。

 睡魔、それも大魔王レベルで襲いかかってくる。

 一方こちらは武器もなく、持ってるエネルギーも最低レベルだ。

 それでも起きろ、もう一人の自分がそう言ってくる。勇者並みの勇気をふりしぼって瞼を開けた。

 白い壁、ホテルじゃない。どこにいるんだろう、そこからだんだん思い出してきた。

「そうだ、アンが手首を切って救急車でここまで運ばれてきたんだ」

 病院では大量の輸血が行われた。幸いにも自分の血はアンと同じタイプだった。

「死ぬまで血を抜いてください」

 そう医者に言ったのだった。

 どうやらその医者はかなり優秀な奴だったようだ。死ぬ一歩手前まであたしの血を抜いてくれたみたいだ。

 ぼんやりしてきた。そこに昼間のレース疲れが襲いかかり、あたしはそのままベッドで寝落ちしてしまった。

 頭がちょっと重い。からだをおこした。

 外はもう明るい。キョロキョロしていると通りかかった看護師が声をかけてきた。

「起きられたのですね、ドクターをお呼びしましょうか?」

「アン、私が血を輸血した女性はどうなりましたか?」

「先生と面会されますか?」

 看護師はそう答えるように訓練されているのだろう。取りつく島もない。

「お願いします」

「わかりました、そのままここでお待ちください」

 といって看護師は姿を消した。

 あたしは力なくベットに腰を下ろした。枕元の格子に背中を預け何が起きたか考え始めた。

そのとき突然カーテンがまくられた。白衣の男性の顔がのぞく。その後ろに先ほどの看護師が並んでいる。


「先生をお連れしました」

「目が覚めたようですね、頭が痛いとか、目眩とかありませんか?」

 職業的な柔らかい笑顔でその医者と思しき男性が尋ねる。

「はい、あたしは元気ですよ。アン、あの、輸血した女性はどうなんですか?」

「安心してください。心配はないですよ。発見が早かったので輸血だけで済み

ました」

「会うこと、できます?」

 医者は柔らかい笑みを見せると隣のカーテンを引いた。

 隣のベットには大柄な女性が横たわっていた。腕には数本のチューブが突き刺さっている。

「ありがとうございます」

「あとで少しお話を聞かせてください。状況など記録しておかなければならな

い決まりですので」

 後ろの白衣が話を引き取る。


 彼らが去った後、あたしは自分のベットに腰をかけた。自分の優秀なクルーの姿を見つめる。

 よく日に焼けた顔だが、ちょっと白っぽいのはまだ血が足らな

いからだろうか?

「ばかやろう、ばかやろう、ばかやろう」

 小声で呟いた。あの後、彼女の様子はおかしかった。当たり前だ、生き別れた父親にやっと出会い、そして満足な話も出来ず、思いも伝えられず、また引き裂かれたのだ。まともな人間なら、心が無事なわけがない。

 スキッパーなら、クルーのことをちゃんと気にしてやるのが当たり前だ。

 でもあたしは逃げた。

 また逃げたのだ。

 下を向いたあたしの背中に押されて立てかけてあった折りたたみ椅子が倒れ

た。


 アンの背中が動いたように見えた。

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