第一章 撃ち落とされた彗星

医者の言葉に一同、腰を上げた。その最後列にあたしも加わった。

 ICUに入る前に小さな玄関がある。そこで訪問者は防菌ジャケット、帽子、マスク、靴カバーを身につけることになっている。

 そして集中治療室のドアが開いた。

 広いフロアに様々な器具が見える。あちこちにベッドがある。患者たちは一様に上を向いて寝ている。チューブや電子機器がその周りをぐるりと取り囲んでいる。

「ジュンさん」

 行列の先頭で医者の声がする。あたしからは、ベッドを囲む人々の背中しか見えない。その影の隙間から、白い手が見えた。軽く拳を握っている。まるであのときのままだ。訪問者達はジュンを覗き込んでいるようだ。やっと自分の順番が回ってきた。


「ジュ??」


 それ以上は喉が詰まった。


「タッキングするよ、3、2、1」


 さっきまでそんな生き生きとした会話をしていた。

しかし、横たわるジュンの顔からは感情が全く見えない。鼻と喉にチューブが刺さっている。

 日に焼けた顔は、上を向いたまま動く素振りもない。まぶたも固く閉じられ

たままだ。

 まるで違う人みたいだ。


 手をにぎる、しっかり握る、指先はこわばったまま何も返してこない。なんでだ。なんなんだ。自分でも何がなんだか分からなくなった。


 気がつくと行列と一緒に防菌用のキャップとジャケットを狭い更衣室で脱い

でいた。だれも声も掛けてこない。


 そのまま廊下をよろよろとトイレの前まで歩く。

 何かがあたしの心を突き破った。


「うわぁ、なんでだよ、う、うあああ」


 壁を蹴る、涙が止まらない。こんな理不尽があってよいのか、おかしいじゃないか、お前のせいだ、と言わんばかりに壁を蹴る。その音を聞きつけて看護師がやってくる。

「どうしたのですか?落ち着いてください」

 背中かから羽交い締めにされる。そのままあたしは崩れ落ちた。


 床に血まみれの額をたたきつける。自分の傷からケチャップのチューブみたいに血を全部絞り出そう、それをジュンの心臓に足してやろう、そう思った。看護師が背中からあたしを羽交い締めにしてくる。

「落ち着いてくださいね」

 繰り返し耳元で囁かれる。いったい誰が落ち着くっていうのだよぉ。小学校の頃から、自分より、大切だった、ジュンを、私の大好きなクルーが帰ってこないんだぞ。


 あたしはそのまま、よろよろと立ち上がった。

「お部屋はどちらですか?」

 頭のどこかの部位が冷静に番号を答えているようだ。信じられない、脳と体、いや、その他の部位もバラバラになってしまった。

 そのまま肩を抱かれたままあたしは廊下を引きずられてゆく、気がつくと自分のベッドに寝かされていた。世界はペアで成り立っている。そして今日、自分は体の半分以上をなくしてしまった。

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