第5話
クラッシェンド王国。
それは、群雄割拠と言ってもいいほどに多くの国が存在している中でも、分類すれば大国ということになるだろう。
分類すればというように、誰もが認めるような大国という訳ではなく、どちらかと言えば大国……という印象を持っている者が多い。
それでも大国に分類されるだけあって、相応の国力を持っており……特にペガサスを使った空中騎士団は精鋭揃いとして知られている。
「……で、なんでクラッシェンド王国の王女様ともあろう人が、探索者をやってるんです?」
馬車の中で、アランは自分の知っている――あくまでも人聞きの情報ではあったが――クラッシェンド王国についての情報を思い出しながら、素直に疑問を口にする。
大国の王女ともなれば、それこそわざわざ自分から危険に飛び込むようなことをしなくても、暮らしていく分には困らないはずだ。
だというのに、何故探索者として活動しているのか。
日本で読んだりした漫画のパターンから、何となく予想は出来たものの、アランはイルゼンに向かって尋ねる。
現在、雲海の面々は馬車で今回の目的地であるタルタラ遺跡に向かっていた。
本来なら、先程の街で一泊して疲れを癒やす予定だったのだが、レオノーラ率いる黄金の薔薇と、どっちが先に遺跡を探索するのか競争するということになったため、急遽宿に泊まる予定を変更して、こうして馬車で遺跡に向かっていたのだ。
雲海のメンバーの中には、今夜は酒場や娼館に遊びに行こうとしていた者もいたので、若干不満は上がったが……それでも、黄金の薔薇に喧嘩を売られたというアランの言葉を聞けば、その意見を大人しく引っ込めてくれた。
……代わりに、今回の探索が終わったら酒場で雲海の面々に奢る約束をしてしまったのだが。
心核のある可能性が高い遺跡である以上、万が一にもおくれを取ることは避けたかった。
「僕が知っている限りでは、クラッシェンド王国の中でも、貴族の次男や三男、四男、もしくは次女、三女、四女。そういう、爵位を継げない人たちを集めて、黄金の薔薇というクランを結成したらしいね」
「……つまり、黄金の薔薇のメンバーは全員貴族ってことですか?」
「そうなるね」
この世界に生まれてきたアランは、貴族を何人か見たことがある。
だが、そのほとんどは自分の特権意識に酔っており、自分は貴族だから下の者に対しては何をしてもいいと、本気でそう思っているような者たちだった。
もちろん、全員がそうだった訳ではない。
中には自分の治める領地を少しでも良くしようと頑張っている貴族もいたし、出来るだけ税を軽くして領民を裕福にすることを第一に考えている貴族もいた。
それでも、やはり悪い相手の方の印象が強く。どうしてもアランは貴族という相手に対して偏見を持ってしまうのだ。
日本には貴族がいなかったことも、そのように思う理由になっているのかもしえないが。
(ああ、でも榊の家の父さんは、貴族かってくらいに威張ってたな)
久しぶりに日本にいたとき、友人の玲二と同じく殺人事件に巻き込まれた顔見知りの男、正確にはその男の父親を思い出すアランだったが、すぐに今はそれどころではないと判断してイルゼンとの会話を再開する。
「何だって、貴族を集めて探索者なんて真似をしてるんです?」
「さて、僕にそんなことを聞かれても、分かる訳がないでしょう。……ただ、貴族の中でも継承権を持たない人たちを集めているということは、お遊びではなく本気で探索者として活動するつもりなのかもしれませんね」
「本気で? 何て物好きな。まぁ、俺が言えたことじゃないけど」
探索者とういうのは、儲かるときにはとんでもない儲けになったりもするが、それだけに危険も多い。
古代魔法文明の遺跡には、侵入者撃退用……いや、殺傷用のトラップが仕掛けられていたり、魔法生物やゴーレムといったガーディアンの類がいることも珍しくはない。
それこそ、冒険者以上にハイリスク・ハイリターンの仕事。それが、探索者なのだ。
「そうですね。実際に遺跡を探索している僕たちが言えることではありません。それに、実際のところ心核を手に入れるには遺跡に潜るしかありません。そういう意味では、探索者というのは絶対に必要なのですよ」
「でしょうね。まぁ、心核が人の手で作れるようになれば、また話は別なんでしょうけど」
「……難しいでしょうね」
アランの言葉に、イルゼンは少し考えて首を横に振り、言葉を続ける。
「もちろん、絶対に無理だと言うつもりはありません。ですが、数百年、場合によっては千年単位に渡って心核の研究は続いてますが、それで得られた研究成果は今のところほとんどありません。皆無と言ってもいいくらいです。……まぁ、心核を人工的に作るのが酷く難しいという結論が出たので、何も研究成果がない訳ではないのですが」
「それが研究成果って言われても……正直なところちょっと困りますよね」
それだけ長期間に渡って研究された結果が、心核を作るのが難しいという結論だけというのは、アランの目から見ても異常とも言える。
(古代魔法文明、か。一体、どれくらいの文明だったんだろうな)
アランが遺跡や心核、古代魔法文明といったものに思いを馳せている間にも馬車は進み続け、やがて夕方近くになると野営の準備をすることになる。
「アラン、水を持ってきてくれ! 鍋に入れてな!」
「分かった、父さん!」
少し離れた場所で水を持ってくるように言うニコラスに、アランは大きく手を振って返事をする。
馬車に積み込んだ樽の中から、水を鍋に入れてニコラスの下に向かう。
そこではすでに土魔法によって作られた竈が用意されていた。
……その竈を見たアランは、しみじみと自分の魔法の実力を残念に思う。
この竈を作るというのは、生活魔法と言われている魔法ではない。
生活魔法ならそれなりに使えるアランだったが、土魔法を使ってこのような竈を作ることが出来るかと言われれば、首を横に振ってそれを否定することしか出来なかった。
そうして持ってきた鍋は窯の上に置かれ、お湯を湧かす。
それを確認してから、アランは別の場所に手伝いに向かう。
遺跡の探索をするために、野営そのものは慣れている。
だが、それでも宿での生活を考えると、あのときの方が楽だったなという思いがアランの中に浮かぶのは当然だった。
特にアランは、現在雲海の中では一番年下で、下っ端だ。
それだけに、雑用の類がある場合はそれを任されることも多い。
(いや、もし俺よりも年下の相手が入ってきても、その人物が有能なら、結局俺が下っ端になるのは間違いないんだろうけど)
そう思いつつも、アランは雲海でのこうした生活が決して嫌いではなかった。
色々と問題のある者もいるが、アランにとっては生まれ育った場所で、すごしやすい場所なのは間違いないのだから。
それこそ、ここよりもっと良い待遇で迎えるというクランがあっても、恐らくアランはそれを受けることはないだろう。
(これで、漫画とかアニメとか、そういうのがあればいいんだけど。……アニメはともかく、漫画はどうにかならないか? いや、絵が難しいなら小説とか)
出来ればSFものの物語を読んだり見たりしたいというのが、アランの正直な思いだった。
もっとも、アランが好きなのはあくまでもロボットなので、SFであっても『すこしふしぎ』なSFの方だったが。
(あー、一度思い出したら、よけいにロボットのアニメとかを見たくなってきた。古代魔法文明なんてご大層な名前なんだから、DVDとかその再生機とかそれに類する物があってもおかしくないだろうに)
自分の中にあるロボット愛とでも呼ぶべきものが刺激されたのを理解しつつ、アランはその思いを何とかして押し止める。
そもそもの話、ここはいわゆるファンタジーの世界だ。
そうである以上、やはりロボットをどうにかするというのは無理があった。
それは、この世界に生を受けてから十年以上、何度となく……それこそ数え切れないくらいに考えてきたことなのだから。
この世界にゴーレムがあると言われれば、何とかそのゴーレムをロボットのように出来ないかと考え……そもそも土魔法の才能がないので諦めるしかなく、魔法の人形があると聞けば錬金術でそれを巨大化してロボットに出来ないかと考えるものの、錬金術の才能がなくて諦めるしかない。
それ以外にも様々なことにチャレンジしたが、結局のところこの世界において才能の差というのは、悲しいまでに大きかった。
もちろん、努力が何の意味もないという訳ではない。
だが、それでも一定以上に行くには、どうしても才能というものが必要になってくるのだ。
そういう意味で、アランにとってこの世界は非常に厳しいものではあったのだが……雲海に所属するメンバーはかなり個性的な面々ではあっても、悪意を持ってアランに接するといったものはいなかったのだから。
「おう、アラン。ここにいたのか」
野営の準備をしていたアランは、近くにある林の中から出てきた相手に声をかけられる。
その人物は、雲海の中でも偵察のような隠密行動を得意としている二十代半ばくらいの男で、街や村に行けば娼館に入り浸っては、稼いだ金を娼婦に貢ぐという悪癖を持っている。
それでも自分で稼いだ金だからということで、特に問題にはなっていない。
これで、実は雲海の資金にも手を付けていた……となれば、また話は違ってきたのかもしれないが。
「どうしたんです?」
何故かニヤニヤとした笑みを浮かべている相手に嫌な予感を覚えながらも、取りあえずそう尋ねるアラン。
そんなアランに、男は嬉しそうに……それこそ、心の底から嬉しそうな笑みを浮かべつつ、口を開く。
「黄金の薔薇の連中、林の向こう側で野営をしてたぞ。向こうの盗賊と接触して情報交換をしたんだから、間違いない」
「あー……やっぱり」
あれだけ自信満々に遺跡を攻略するのは自分たちだと言っていたのだから、アランたち同様すぐに街を出たのだろう。
雲海の出発と多少時間は前後したかもしれないが、目指すべき場所は同じである以上、同じような場所で野営をするということになってもおかしくはなかった。
「もっとも、向こうは色々と豪華だったけどな」
「でしょうね。貴族らしいですし」
男の言葉にアランはそう言い……何故か不意にレオノーラの顔を思い出し、慌てて首を横に振ってそれを振り払うのだった。
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