第4話
探索者ギルドに到着し、雲海の中でも主要なメンバーがそれぞれギルドの中に入っていく。
当然ながら、雲海に所属する全員がギルドに入る訳にもいかず、多くの者がギルドの外で待っていた。
だというのに、何故か……本当に何故か、雲海の中では一番年下のアランは、イルゼンに連れられてギルドの中に入っていく。
「ちょっ、イルゼンさん! 何だって俺がギルドに入る必要があるんですか!? それなら、もっと偉い人を連れていった方が……」
「何を言ってるんですか、アラン君。アラン君は雲海の中でも一番若い。……つまり、次代の雲海を率いることになるかもしれない人物です。だからこそ、今のうちに多くの経験をしておいた方がいいんですよ」
そう言うイルゼンの言葉に、本来なら感激や感謝といった気持ちを抱かなければならないのだろう。
だが……イルゼンの顔に浮かんでいる笑みは、きっと何か面白いことが起きるだろうという、そんな笑みだ。
それこそ、アランが何か騒動を起こすことを期待しているかのようなそんな笑みを見れば、とてもではないがイルゼンの言葉を信用出来なくなる。
「ちょっと、イルゼンさん。うちのアランを妙なことに巻き込まないでよ」
「分かってますよ。母親の愛情というのは素晴らしいですね」
満面の笑みを浮かべて告げるイルゼンに、リアは嬉しそう……ではなく、ジト目と表現するのが相応しい視線を向ける。
イルゼンの性格を考えて、このような場所でこのようなことを言うというのは、とてもではないが素直に受け止めることが出来なかったからだ。
それこそ、今の状況で何かを企んでいると言われた方が、すんなりと納得出来るだろう。
「うーん……ギルドの中は相変わらずですね。帰ってきたって感じがします」
「いや、このカリナンに来るのは初めてですって」
イルゼンにそう告げるアランだったが、話を聞いていたリアは納得したように頷く。
「ああ、そう言えば前に来たとき、まだアランは赤ん坊だったわね」
その一言に、小さい頃のこと……自分がまだ赤ん坊で、意識は前世の影響からしっかりとあるのに、おしめやら何やらといった、黒歴史とも呼ぶべきものを思い出す。
だが、ここはギルドだ。
その場で叫びたいのを何とか押さえ込み、アランは周囲を見回す。
「へ、へぇ。……俺が子供の頃に来たことがあったんだ」
「そうよ。まぁ、そのときの遺跡はそこまで大きなものじゃなかったから、収入も少なかったけど」
そんな言葉を交わしつつ、三人はギルドのカウンターに向かう。
「いらっしゃいませ。ギルドカードの提出をお願いします」
ギルドの受付嬢をやっているというだけあって、その人物はの容姿は非常に整っていた。
アランにとって残念だったのは、アランの好みの美人系ではなく可愛系の顔立ちだったことか。
とはいえ、それを表情に出すような真似はしない。
イルゼンがギルドカードを渡し、受付嬢からこれから向かう予定の遺跡の情報を購入する。
最低限の情報であればギルドから貰うことが出来るのだが、それ以上の細かい情報を知りたい場合は、ギルドから購入する必要があった。
もっとも、この辺りの判断はギルドによって違うので、場合によっては最初から全ての情報を渡すといったギルドもあれば、情報料を支払わなければ一切の情報を教えないといったギルドもある。
そういう意味では、カリナンのギルドは標準的と言ってもいいだろう。
「あら? ねぇ、タルタラ遺跡の情報が書かれている書類はどこにあるの?」
受付嬢が同僚にそう聞いているのが、アランの耳にも入ってきた。
それを聞いたとき、アランは微妙に嫌な予感を覚える。
以前、別の街でも似たようなことがあり……そのときに起きた騒動は、あまり思い出したくないものだったからだ。
その上、ギルドに向かう途中で別のクランを見たということが、アランの嫌な予感は一層強くなる。
「あら、タルタラ? 貴方たちもタルタラ遺跡に挑むつもりなの?」
不意にそう声をかけてきたのは、アランたちから少し離れた場所にいた人物。
今までその人物に気が付かなかったのは、何故なのか。
そう思ってしまうほどに、その人物は強烈な印象をアランに残す。
まず真っ先に目に入ってきたのは、太陽そのものを連想させるような黄金の髪。
他にも意思の強さや気の強さを表しているような、若干吊り上がっている目も印象的だったが……何よりも驚いたのは、やはりその美貌だろう。
目を奪うという表現はアランも今まで幾度となく聞いたことがあったが、その本当の意味を知ったのは今ではないかと、そう思ってしまうくらいに目を奪われかねない美貌。
年齢だけで見れば、恐らくアランとそう変わらないか……もしくは、少しだけ年上といったところだろう。
にもかかわらず、目の前の人物は胸元を大きく突き出している体型や大人びた雰囲気を持ち、明らかに少女ではなく女と呼ぶべき相手だった。
アランも、母親のリアを含めて美人というだけならそれなりに見慣れている。
結果として、それが女の外見を見る目を厳しくしていたのだが……目の前に現れた女は、そんなアランからして、美人と素直に認めるべき人物だった。……純粋に、アランの好みに合っていた、というのもあるのだろうが。
「あら、どうかしたの?」
話しかけたにもかかわらず、何も反応がなかったからだろう。
女は、その黄金の髪を掻き上げながら……それでいて、口元にどこか挑発的な笑みを浮かべつつ、アランに尋ねる。
その様子は、女が自分がどれだけの美貌を持っているのか、男の目を奪うのかを知っており、それを承知の上でそのような行動をしているということを示していた。
アランがそれに気が付くことが出来たのは、曲がりなりにも探索者として鍛えられたというのもあるし、日本で生きてきた経験があったから、というのもある。
おかげで、目の前の女はただ綺麗なだけの華ではなく……鋭い棘を持った、薔薇の如き華であると理解出来た。
「別に何でもない」
「そう」
アランの言葉に女は笑みを浮かべてそう告げるが、実際にはアランが自分を見て何をどう思ったのかを理解しているのだろう。
その口元には、間違いなく笑みが浮かんでいた。
「それで、さっきの質問に答えてもらってないけど? 貴方たちもタルタラ遺跡に挑むの?」
女の問いに、アランはイルゼンに視線を向ける。
だが、イルゼンはそんなアランの視線には全く気が付いた様子もなく、リアと話していた。
……当然のように、イルゼンやリアはアランが自分たちに視線を向けているというのは理解していたのだが、それを意図して無視していた。
何故かと問われれば、やはりイルゼンもリアもその方が面白そうだから、と。そう答えるだろう。
助けを求める視線を向けても無視する二人に、仕方なくアランは自分で相手に対処することにした。
「そうだよ。俺たちもタルタラ遺跡に挑むつもりだ」
「やめておいた方がいいわ。私たちが挑む以上、その遺跡を攻略するのは私たちだもの。なのに、貴方たちが行っても……無駄になるだけよ」
その言葉は、アランにとって到底認められることでなかった。
雲海はたしかにクランとしては中規模で、有名どころという訳ではない。
だが……それでも、アランは自分が生まれたときから所属していた雲海には強い思い入れがある。
それを、こうもあっさりと、問答無用でお前よりも自分たちの方が上だと言われれば、それを許容出来るはずもない。
そして何より、これから行く遺跡には心核があるかもしれないとイルゼンに聞かされている以上、それを譲るという選択肢はアランにはなかった。
「それは、こっちの台詞だと思うけどな。俺たちがタルタラ遺跡に挑む以上、その遺跡を攻略するのは俺たちだ」
女は、まさか正面からそのように言い返されるとは思わなかったのか、一瞬呆気に取られた表情を浮かべ……笑みを浮かべて口を開く。
ただし、そこに浮かんでいる笑みは先程浮かべていたような、相手を見下すような笑みではない。
それこそ、自分たちに向かって正面から挑んでくる相手を迎え撃つ、そんな笑みだ。
「ふふっ、面白いわ。なら、いいでしょう。黄金の薔薇がその挑戦を受けて立つわ」
黄金の薔薇。
それが、目の前の女が所属する……もしくは、率いるクランの名前なのだろうことは、アランにもすぐに分かった。
また、黄金の薔薇というクランについては、アランも以前聞いたことがあった。
その実力は、決して低くはない。
いや、それどころか雲海と同じように、クランとしては中堅どころだと。
「黄金の薔薇だろうがなんだろうが、俺たち雲海は負けねえ」
「そ。楽しみにしてるから、頑張ってちょうだいね。せいぜい、自滅して私たちの足を引っ張らないでね」
そう言い、女はその場から去っていく。
ただ歩く。
そのような行為ですら、女の美しさを際立たせ、アランとの言い争いもあって、立ち去る女に視線を向けているギルドの者は多い。
「いや、さすがですね。まさか、あの黄金の薔薇に喧嘩を売るなんて」
女の後ろ姿……具体的には、その形の良い尻に目を奪われていたアランは、背後から聞こえてきた声に半ば反射的に振り向く。
そこにいたのは、困ったような表情を浮かべつつ……目の中には面白いことになったと嬉しそうな様子を見せている、イルゼンの姿。
母親のリアもまた、そんなイルゼンに負けず劣らずアランに面白そうな視線を向けていた。
もっとも、それはイルゼンとは違って、美女に目を奪われた息子をからかうようなものだったが。
「そう思うなら、俺に任せないで最初からイルゼンさんが出て下さいよ」
「いやいや、先程も言ったでしょう? 今回アラン君を連れてきたのは、次代を担う者として経験を積んで貰うためです。そういう意味では、先程のやり取りは悪くなかったですよ。……それにしても、黄金の薔薇ですか。以前から噂は聞いていましたが……」
イルゼンの言葉は、間違いなく黄金の薔薇というクランを、そして先程の女を知っているというものだった。
「知ってるんですか?」
「ええ。彼女はレオノーラ・ヴィステスク・クラッシェンド。クラッシェンド王国という国の第二王女です」
「……え?」
あまりに予想外なイルゼンの言葉に、アランは動きを止めるのだった。
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