第2話

「おい、そっちの荷物はそっちじゃなくて、向こうの場所に積んでくれ」


 そう言われたアランは、その人物の言葉に首を傾げる。


「これ、この馬車に積まれてなかったっけ?」

「そうだけど、イルゼンさんが……な」


 微妙に言いにくそうにしている同僚に、アランは何となく理由が分かった。


「イルゼンさん、また?」

「そうなる。そんな訳で、アランが持ってるそれは向こうの馬車に頼む」


 その言葉に、アランは頷いてそのまま荷物を別の馬車に持っていく。

 先程の話に出てきた、イルゼン。イルゼン・ダグーラというのは、この遺跡探索者集団を率いている五十代の飄々とした性格の人物だ。

 普段はふざけることも多く、仲間たちによって粗雑に扱われることも多いのだが、それでいて皆が心の底ではイルゼンを慕い、頼りにしているのも、間違いのない事実だった。

 この世界には、古代魔法文明の遺跡がそれこそいたるところにある。

 アランの感覚でいえば、それこそ日本にあったコンビニよりも大量にあった。

 まだ見つかっていない遺跡も含めれば、それ以上の数となるだろう。

 もっとも、その遺跡は大体が小さいものであり、アランが所属している遺跡探索者集団『雲海(うんかい)』が探索をするような遺跡というのは、そこまで多くはない。

 アランの感覚で言えば、雲海のような専門の探索者集団が遺跡に入ってしっかりと収支がプラスになるのは、デパートやショッピングセンターがあるくらいの割合……といったところか。

 ……あくまでも、アランが住んでいた田舎での感覚でしかないのだが。

 なお、この世界において冒険者と探索者というのは似て非なる者だ。

 冒険者というのは、それこそモンスターの討伐から商隊の護衛、盗賊の討伐、素材の採取、戦争における傭兵、ダンジョンの探索といったように、アランが日本にいるときに見たり読んだりした漫画やアニメで出てくる冒険者そのままの姿だ。

 それに対して、遺跡探索者……通称探索者は、古代魔法文明の遺跡の探索を専門とする者の総称となっている。

 もちろん、遺跡探索者も仕事がない場合はモンスターや盗賊の討伐を含めて冒険者の真似をしたりするので、本質的に冒険者と探索者はそう変わらないのだが。

 そのような状況であっても、敢えてその二つが分かれているのは、古代魔法文明の遺跡から発掘された代物は大きな価値を持ち、場合によっては文明そのものを数段進めることが出来る可能性があるからだ。 そして、何より……


「ん?」


 仲間に指示された馬車の荷台に荷物を置いたアランは、ふと地面が揺れたことに気が付く。

 一瞬地震か? と思わないでもなかったが、すぐに視線の先に映った光景に、先程の揺れの理由を理解する。

 視線の先にいたのは、身長四メートルほどもある巨大な鬼……オーガと呼ばれるモンスターと、身長三メートルほどながら、オーガに負けないほどの筋肉と白い毛を持つ巨大な猿のモンスター。

 そんな二匹のモンスターが、お互いに戦っているのだ。

 ……普通なら、そのような光景を見れば街の住人が騒いでもおかしくはない。

 いや、騒いでいるという意味ではなら間違いなく騒いでいるのだが、それは歓声と呼ぶに相応しい声で、モンスターを前にした一般人の反応ではない。

 それは、二匹のモンスターが正確にはモンスターではないと、そう理解しているからだろう。


「心核、か」


 二匹の戦いを見ながら、アランは小さく呟く。

 視線の先で戦っている二匹のモンスターは、正確には雲海に所属する探索者の二人で、正真正銘の人間だ。

 そんな二人が何故モンスターになっているのか。

 その理由こそが、アランが口にした『心核』だった。

 心核。

 それは、古代魔法文明の遺産の中でもかなり希少で、それでいながら探索者や冒険者、兵士や騎士……場合によってはそれ以外の者まで多くが欲する遺産、いわゆるアーティファクトだ。

 現在の魔法技術では到底作ることも出来ず、分析すらろくに出来ない心核は、使用者によってその形態が異なるが、心核と使用者の魔力、さらには周囲に存在する魔力……もしくはそれ以外の何かといったものにより、その使用者を何らかのモンスターに変身させる。

 この変身というのも、人によっては本当に身体がモンスターに変わるという者もいれば、まるで着ぐるみか何かのような形であったりと、人によって様々なのだが。

 ともあれ、それは外見が変わるだけということではなく、変身したモンスターの能力も普通に使うことが出来る。

 たとえば、現在アランの視線の先にいるオーガは人間とは比べものにならないだけの筋力を持ち、白い毛を持つ猿の方は氷の魔法を使いこなすことが出来た。……今は周囲に見物客もいるので、魔法を使うような真似はしていないが。

 そして一番重要なのは、モンスターになっても当然のように人間の意識がきちんと残っているということだ。

 モンスターの力を、人間の意識で自由に動かすことが出来る。

 それは、非常に大きな力であり、多くの者が心核を入手したいと思うのは当然のことだった。

 だが……当然ながら、そのような心核は容易に入手出来るものではなく、遺跡で入手出来る可能性も非常に少ない。

 そして探索者が心核を見つけても、そのように強力な代物である以上は、当然ながら売ったりせずに自分、もしくは自分たちで使うだろう。

 それが余計に心核が市場に出回らない理由なのだが……中には、どうしようもなく金に困って心核を売ったり、場合によっては何らかの手段で心核を盗み出すことに成功した者が偶然売りに出すというのもある。

 ただし、心核というのは遺跡から発掘された状態は別として、それ以外の購入した心核の場合は新たな持ち主の魔力に馴染ませる必要があるので、入手したからといってすぐには使えない。


「俺もいつか心核を入手出来るのかな」


 仲間たちの戦い……いや、模擬戦から視線を逸らし、アランは馬車に荷物を積み込むという仕事を再開する。


「アラン、次はこっちを頼む。水の入った樽だから重いと思うけど、落として割るなよ」

「分かったよ、父さん」


 荷物置き場でアランにそう言ってきたのは、アランの父親にして母親リアの夫、ニコラス・グレイド。

 雲海の中では、魔法を使った攻撃が得意でそれなりに名前を知られている人物だ。

 ……生憎と、アランはその父親から魔法の才能が遺伝することはなかったが。

 魔法については母親から、身体を動かすことについては父親からの才能を受け継いだというのが、アランの評価だった。

 代わりに、青い髪の父親と赤い髪の母親から生まれた自分の髪が紫というのはどんな皮肉なのかと思ってしまう。

 こうして探索者の中でも暇な者、やることのない者がそれぞれ馬車に荷物を積んでいく。

 雲海が使っている馬車は、十台を超えている。

 その全てが箱馬車や幌馬車であり、雨が降っていても問題なく移動することが出来る。

 商隊なら馬車を十台も使っている商人はそれなりに大きな商隊と言ってもいいだろう。

 だが、探索者集団にとっては十台の馬車を要するのは平均的なものか、平均よりも少し上といったところだ。

 雲海も心核持ちが二人いるということで、それなりに名前を知られているが、それでも上を見ればきりがなかった。


(そもそも、どうせ転生するのならファンタジーじゃなくてSFとかのロボットのある世界にして欲しかったよな。……誰が俺を転生させたのかは、分からないけど)


 アランが日本で読んだことのある異世界転生物では、大抵転生するときに神やそれに準じた存在が転生する理由を説明したり、特殊な能力を授けたりといったことをしていた。

 だというのに、アランは日本で友人を庇って車にぶつかったところで記憶を……いや、意識を失い、気が付けば異世界でアラン・グレイドという赤ん坊として生を受けていた。

 神やそれに準ずるような存在とは一切会うことなく。

 ましてや、特別な能力を授かる訳でもなく、武器と魔法の両方共に無能とまでは言わないが、良いところで平均より下といった程度の才能しか持っていない。

 現在のアランの希望としては、実は自分が成長度合いが実は大器晩成型なのではないかということだった。

 それも、現在の自分の状況を見る限りではあまり期待出来ないのだが。


「おーい、アラン君。その水の樽を荷台に積み込んだら、次はこっちを手伝ってくれないか?」


 水の樽を運んでいるアランの背中にかけられる声。

 声のした方に視線を向けると、そこには五十代ほどの男の姿があった。


「イルゼンさん、どうしたんですか? 見ての通り、今は水の樽を運ぶので忙しいから、遊んであげられませんよ」


 雲海を率いる人物に言うべき言葉ではないが、イルゼンはその飄々とした性格からか、大体がそんな扱いだ。

 また、そんなイルゼンの率いる雲海だかこそ、上下の規律といったものはそう厳しくない。

 探索者集団の中には、それこそ軍隊かと思ってしまうほどに規律の厳しい集団もいる。……実際には、元軍人の集団だったりするので、あながち間違った説明でもないのだが。

 そんなイルゼンは、アランの言葉に笑みを浮かべたまま手招きをする。

 一瞬、このまま放っておいた方が害がないのではないかと思ったアランだったが、そうするとあとでそのことをグチグチと言われる可能性が高く、仕方がないといった様子で水の入った樽を馬車に積み込むと、イルゼンの下に向かう。

 そんなアランの背後では、再びオーガと猿のモンスターがぶつかりあった衝撃と音が聞こえ、それを見物していた観客たちの歓声も聞こえてくるが、アランはもうそちらを気にした様子がない。


「で、何です? また何か下らない用事ですか?」

「そんなことはないさ。実は、ちょっと耳よりな話があってね。それをアラン君に教えておこうと思って」

「……俺に、ですか? 何でまた」


 別にアランは、雲海において唯一無二といった存在ではない。

 心核持ちではないのはもちろん、武器を使った戦闘や魔法の技量も何とか平均に届くかどうか……といった程度だ。

 もしアランがこの雲海の中で目立つ何かがあったとすれば、それは雲海のメンバーの中で最年少だということか。

 それだって十七歳という年齢なのだから、そこまで気にすることはない。

 ……なお、別に雲海は閉鎖的な集団という訳ではなく、雲海に入りたいという者がいれば、特に問題がなければそれを拒否することもない。

 それでもアランが一番年下なのは、偶然でしかなかった。

 実際に以前はアランよりも年下の仲間が何人かいたのだが、色々な理由ですでに雲海にはいない。

 そんな自分に、何でそんな情報を? と視線を向けると……イルゼンは、笑みを浮かべて口を開く。


「実は、次に私たちが向かおうとしている遺跡……もしかしたら、心核があるかもしれませんよ」


 そう、告げるのだった。

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