剣と魔法の世界で俺だけロボット

神無月 紅

心核の入手

第1話

 空中を貫きながら飛んでくる土の槍を、それはスラスターを使って空中で回避する。

 特別な動きをした訳ではなく、本当にただ動いただけ。

 にもかかわらず、その存在は一本だけではなく、次々に地上から飛んできた土の槍を、そして目に見えないはずの風の刃を回避する。

 もしこの場にいる者がそれを見たら、それが何なのかを判断することは出来ないだろう。

 あるいは、魔法に詳しい者であればゴーレムと判断するかもしれないが、ゴーレムというのはあくまでも地上を歩く存在であり、空を飛ぶといったことはまずしない。

 空を飛ぶモンスターも存在するが、それはとてもではないがモンスターのような生命体の類ではなく……明らかに人工的な存在だった。

 そんな人工的な存在が、地上から放たれる数々の攻撃には一切当たることがなく回避している。

 もしも……本当にもしも地球にいる者が、そして多少であっても漫画やアニメといったものに詳しければ、その人物は空中を縦横無尽に飛び回っている存在を見て、こう言うだろう。『ロボット』と。


「くそっ、何だってファンタジーの世界でロボットが……いや、ロボットに乗れるのは嬉しいけど、だからってもう少し心の整理をだな! 大体、心核でモンスターじゃなくてロボットが構成されるってのは、一体何がどうなってるんだ!?」


 優雅とすら言える動きで敵の攻撃を回避しているロボットだったが、そのコックピットにいる人物、もしくはパイロットと呼ぶべき人物は、完全に混乱しながらロボットを動かしつつ……何故、自分がこのような目になっているのか、というのを頭の片隅で思い出していた。






 日本の東北にある田舎街。

 毎月のように人口が減っていってはいるが、高校生たる宮本(みやもと)荒人(あらと)にとっては、そこまで気にするようなことではない。

 それよりも重要なのは、ここ数ヶ月で自分の友人が一人解体工事に巻き込まれて亡くなり、あまり接点はないが学校でも孤高の優等生として知られていた人物が殺人事件の被害者になってしまったということか。

 特に問題なのは、前者だ。

 佐伯(さえき)玲二(れいじ)は荒人にとってよく漫画やゲームについての話をしていた友人の一人だけに、いきなりその友人が死んだということで、大きなショックを受けてしまった。

 いつもであれば、ロボットの漫画やアニメについて楽しく話をし、魔法のあるファンタジー世界についての話を楽しむ荒人だったが、今は他の友人たちと一緒に微妙な雰囲気の中で道を歩く。


「そう言えば、今度発売するゲーム……ほら、あれ。ロボットの操縦して戦うって奴。あれの続編は買うのか?」


 どこか暗い雰囲気の中で、荒人の友人の一人が空気を変えるように言ってくる。

 荒人や他の友人も、その言葉にのり、若干無理をしてではあるが会話を弾ませる。


「そうだな。俺はあの機体……ゼオンだっけ? 高機動の遠距離射撃型の機体を使おうと思ってる。前作でももかなりやり込んだしな」

「荒人はやっぱりゼオンか。けど、俺はガングールにしようと思ってる」

「え? ガングールって装甲系だろ? 妙にゴツい奴、それでいいのか?」

「ああ。一撃の破壊力は高いから、当てることさえ出来ればかなり有利になる」

「……当てられれば、だけどな」


 友人の言葉に、荒人はどこか挑発気味に告げる。

 荒人が使おうとしているゼオンという機体は、高機動型という通り、高い機動力を持つが、その分防御力は弱い。

 ガングールの攻撃一撃が当たれば即撃破……とまではいかないが、それでも体力ゲージを大きく削られるのは間違いなかった。

 そんな二人の会話に他の友人たちも混ざり、事故死した玲二についての話題で暗くなった雰囲気は次第に明るくなっていく。

 だが……だからこそだろう。半ば無理矢理に雰囲気を明るくしたために、その話に夢中になり……ふと荒人が気が付くと、いつの間にか横断歩道の上にいた。

 いや、それだけであれば問題はない。

 信号も青だったのだから。

 ……問題だったのは、歩行者信号が青で自動車の信号が赤だったにもかかわらず、それを全く気にした様子もなく走ってきた車がいたことか。

 荒人がそのことに……自分たちに向かって一切ブレーキをかけず、速度を緩めることなく走ってきたことに気が付いたのは、本当に偶然だった。

 そして荒人が友人を強引に押したのは、半ば反射的な行動だった。

 え? と。いきなり何を? といった視線を向けてくる友人たちだったが、荒人はそんな友人たちの表情を見ながら……激しい衝撃と共に意識を失うのだった。






「……あ……」


 目が覚めた男は、ベッドの上で起き上がり、周囲を見回す。

 自分がどこにいるのかを理解し……そして、頭を掻く。


「日本にいた頃の夢なんて見たの、随分久しぶりだな」


 少しだけ昔を懐かしみながら、男……アラン・グレイドは呟く。

 友人を走ってくる車から庇って激しい衝撃を受け、意識を失い……そして気が付けば、いつの間にか自分は生まれたばかりの赤ん坊になっていた。

 最初は当然混乱もしたが、それも時間が経てば嫌でも慣れる。

 赤ん坊のときはろくに動くことも出来ずに苦労したが、それでも今は……十七歳となった今では、普通に歩くことが出来ていた。


「とはいえ、どうせ異世界転生なら、何らかの特別な能力とかがあってもいいだろうに」


 深く、深く、深く、息を吐く。

 アランが日本にいたときは、ロボット物のアニメや漫画を好んだが、異世界転生ものも嫌いな訳ではなかった。

 そんなときは、大抵が何らかの特殊な能力を持っているというのがお約束だったのだが……

 アランの視線が、ベッドの側に置かれている長剣の収まった鞘に向けられる。

 異世界転生物なら、武術の才能があるだろうと期待して始めた長剣を使った戦闘訓練。

 だが、その才能は……平均以下。

 それこそ、アランより小さい者、あとから習った者に次々と抜かれていく。

 本来なら、アランは最初大鎌や連接剣のような……それこそ一般的にロマン武器と呼ばれている武器を使いたかったのだが、そんな考えは自分の武器を使った才能のなさにすぐに忘れてしまった。

 また、ここが異世界、いわゆるファンタジー世界であることをアランに刻み込んだ、魔法。

 その魔法についても、アランの才能はなかった。

 全く魔法を使えない訳ではないが、アランが日本にいるときにアニメや漫画で見たように、極大の炎を生み出して大爆発を生み出す……などといった真似は出来ない。

 出来るのは、せいぜい野外で料理するときに火種を作り出すといったことを始めとして、この世界の人間ならほぼ全ての者が使える生活魔法の類。

 それでも無能という訳ではないので、アランは仲間たちからそれなりに重宝されていた。

 一応攻撃魔法が使えないこともないのだが、実用的な意味で使えるのかと言われれば、不可能だ。

 ともあれ……と、アランは朝がまだ早いのを理解しつつ、身支度を整え、鏡を見る。

 そこにあるのは、紫の髪という日本……いや、地球では染めなければそのような色にはならない髪を持ち、そこそこ整った顔立ちを持つ十代半ば……正確には、十七歳の自分の姿。


(これが赤とか茶色とか黒とかだったら、まだ地球だって可能性もあったんだけどな。……いや、本当に赤い髪ってのはなかったか。赤毛とかって言われても、赤茶色だったし)


 そんな風に考えつつ、この世界でもそれなりに珍しい、両親とは全く違う髪の色を気にしながら、身時支度をすませて長剣を手に、宿の庭に向かう。


「アラン、遅いわよ! 全く、たださえあんたは才能がないんだから、その分しっかり鍛える必要があるでしょ!」


 宿の庭では、すでに自分の師匠……にして、母親のリアの姿があった。

 アランの年齢が十七歳だというのを考えれば、母親のリアも三十代……場合によっては四十代でもおかしくはないのだが、その外見は二十代、それも場合によっては二十代半ばくらいにしか見えない。

 その理由は、リアの耳を見れば納得出来るだろう。

 リアの耳は人よりも長く……それでいて、エルフよりも短い。

 つまり、ハーフエルフだった。

 それこそ古代遺跡の調査ということで様々な場所に行くアランたちだったが、大抵の場所では親子ではなく姉弟に間違われることが多い。

 ……なお、ハーフエルフのリアは、本来なら人間よりも魔法の才能があってもおかしくはないのだが、何故かそちら方面の才能はほとんどなく、代わりに武器を使った戦闘に高い才能を発揮した。

 まだアランが生まれる前は、それなりに有名な冒険者だった……というのが、両親や一緒に旅をしている者たちから聞いた話だ。


「分かってるよ、母さん。だからこうして寝坊もしないで、早く起きてるんじゃないか」


 この世界にも時計の類はあり、時間の感覚は日本と変わらない。

 それどころか、他にも過去に日本人がこの世界にいたということを示すように、その痕跡は数多く存在する。

 そのおかげで、アランがこの魔法やモンスターも存在する異世界での生活にすぐに馴染めたのだから、アランがそれに不満を覚えることはない。

 ともあれ、今の時間は午前六時すぎ。

 春ということもあり、すでに周囲は明るいが、人の姿はない。

 ……食堂にはそれなりに食事をしている者もいるし、少しでも他人より報酬の良い依頼を貰おうと、冒険者ギルドには多くの人が集まっているが。


「はぁ、いいから。それよりも今日の午後にはこの街を出発するのよ。だから、さっさと今日の分の訓練を始めるわよ。まずは素振りから」


 リアの言葉に、アランは長剣を鞘から引き抜き、構えて、振る。

 すでに母親から長剣の訓練を受けるようになって、十年以上。

 だが、それだけの年月訓練しているにもかかわらず、アランの長剣を振り下ろす速度は決して鋭いものではない。


(母さんがハーフエルフってことは、俺は一応クォーターってことになるんだよな? ……まぁ、クォーターとかになると、もう耳とかも人間と変わらないけど)


 そんな風に考えていると……


「余計なことを考えてないで、しっかりと集中しなさい!」


 鋭い叫びと共に、身体に痛みが走る。

 鞘に収まった長剣で叩かれたと知ったアランは、そんな母親に一瞬恨めしげな視線を向けるも、すぐに訓練に意識を集中する。

 これが、アランにとっての日常の一コマだった。

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