第2話


 「――さて何から話そうかしらねぇ……今日の晩御飯?」


 「……いらん」


 母はこの回答に少しすねた表情を見せながらゆっくりと玉座から立ち上がり、部屋の端に並べられた椅子に私を誘導する。

 流石に玉座から見下ろした状態で親子の会話というのも気が引けるし、まぁ当然の配慮か。

 それより気になるのは何故母が玉座に座しているのかだよ……。

 

 「よいしょっと」


 ……二人並んで椅子に腰かける。


 なにか気まずい……そりゃそうだ。

 目の前の人は間違いなく自分の母親であるが、それはそれは変な恰好をした母親である。

 贔屓目に見なくても美人ではあるんだけど……。

 でも流石に胸をこれでもかと強調したドレスを着た山羊角と猛禽の羽とドラゴンの尻尾の付いてるお母さんなんて見た事ないし見たくも無かった……。

 これは私の死後の夢なんだと言い聞かせるしか正気が保てないレベルに変な格好である。

 

 あれ? そうそう、確かに私は死んだ……はずなのだが?。


 椅子に座ってからの、ほんの数秒それがやけに長く感じた。

 

 「…………ねぇルイこれは夢、そう思ってるの?」


 突如沈黙を破る母の声、流石は親、考えを見透かされたみたいだ。


 「ぐぬぬ……そうね夢かも、てかそう考えた方が納得……私は死んだ、確かに病室で」


 「半分間違いで半分正解、ここは夢じゃない……けど貴方はあっちの世界で【肉体】は一度死を迎えた」


 「ははは、何その言い方? まるで肉体は滅んだけど【魂】はこちらの世界で生きてたって言いたげね? アニメかゲームじゃあるまいし……」

 

 突拍子もない世田話にフッと笑いそうになる私とは対照的に、母の顔は至って真面目だ。

 私にとってはそれが少し不思議に思えたのだが母はそのまま顔色一つ変えずに話を戻した。


 「正確に言えば【魂】をこの世界に少し残してきてしまったというのが正しいわね……神にしかなし得ない完全な転生は現代の技術では再現できなかった……か」


 「転生? ……残してきてしまった?」


 ヤレヤレと母はバツが悪そうに首を振った後、スッーっと息を吸い込み一呼吸置いた後、私が何故ここにいるのか、その核心について語り始めた。


 「……話を変えるわ、そーねぇ、ルイが日常を送っていた世界を【現実】としましょう、その【現実】では異世界に行った人間が無双するお話が流行っていたわよね」


 「それがどうかした? 異世界ファンタジー系の話でしょ確かに面白いし、流行ってたと思うわ」

  

 「そうね【よく出来た】お話だと思うわ――じゃあ、もしもそれがファンタジーじゃない現実だとしたら?」

 

 いまいち母の言いたいことが分からないが素直な感想を述べる。


 「そりゃあ最高じゃない! 現実では役立たずの引きこもりの無職が異世界では最強の力を手にして悪を倒し、ハーレムで幸せな日々を送れるんだから」


 「――はぁ……じゃあその逆の立場、つまりは敵の立場を想像した事はある? 今まで平穏とは言わずとも人魔との間で均衡を保っていた筈が突然出てきた謎の勇者登場により駆逐されていくとしたら? 敵はどうする? 戦う? それとも逃げる?」


 「は???????」


 


 な~んか嫌な予感がするぞ~。


 さっきの母の話を最初から最後までまるっと信じたとすればつまり……。

 

 転生の技術、もしくは概念自体は存在する世界。

 上記を利用し、何らかの理由により別世界に逃げようとした母と私。

 そして極めつけは明らかに全体のヴィジュアルが善人感がない母、ってか人間じゃねぇ!!。


 頭が痛くなってきた。

 チラッと母の顔を窺う。

 やめて!察したでしょみたいな目で見つめないで!!察したくもないし、まだ信じてないから!!

 

 一応今思ったことが自分の個人的な考えであって、間違いであるかもしれんから母に答え合わせしてもらおう、そうしよう。

 そして最悪これはドッキリなんだと認めてもらおう、うん!


 「あの~お母さん私って一体何?そしてこの世界は?」


 さぁ言え!!ここは地球!そして私達家族は日本生まれの日本育ち、ただの平凡な家庭だと!!!

 

 「やーね、分かってるくせに~、ここは所謂異世界――先の戦争、第二次勇者大戦で劣勢に陥った魔界連合国を離れ私達は別世界に逃げ出そうとしたのはいいけど、不完全な転生による障害でたったの十八年しかあっちの世界に滞在できず、この世界に僅かに残留していた魂の所為で結局荒廃した魔界に舞い戻ってきてしまった、悲しき魔王と姫君なのよ」

 

 母はメチャクチャ早口で私が導き出した最悪な方の回答を答えた。

 

 どうすんだよ……もう最悪だよこれ。

 

 すっかり気分が落ち込んだ私に、ごめんねーこんな事に巻き込んじゃって~と声をかける母とのくだらない問答が始まろうとしていた矢先、部屋の奥から何者かの足音が聞こえ、その足音の主は私達の目の前で立ち止まる。

 

 「――失礼、喉が渇いてはおられませんか? 頭がスッキリする紅茶です、それと魔王様……」


 青肌に蝙蝠の羽、長い髭がトレードマークの執事(だと思う)お爺さん。

 仮称ブルー爺さんが高価そうな茶器に注がれた凄く良い香りの紅茶とこれまたギフトなんかで貰う高級そうなお菓子のセットを運んできてくれた。

 中々気が利くお爺さんだ。

 こういう気持ちが整理できない時に休憩を取るのは凄く重要だからね。


 「あら、ありがとうブルーノ」

 (……あの人ブルーノって言うんだ)

 ブルーノと母に呼ばれた彼は小さく会釈した後に母に耳打ちした。

 

 「魔王様――そろそろ説明パートは止めてはいかがかと、文字数的にここら辺で切り上げた方が無難です、あまりに説明ばかりだとダレてしまいますぞ」


 「あら、そうかしら? でもチュートリアルってやつは大事よ! これから大きな一歩を踏み出す娘の為にも!」


 ……結構がっつり聞こえたぞ、説明パートってなんだよ!!文字数ってワードもどうかと思うぞ!!敢えてツッコまんけど。

 

 

 「ゲホッゲホッ……!」


 母はわざとらしく咳をして、さっきの話を誤魔化す。

 その姿がなんか馬鹿らしくて、つい私もにやけてしまう。

 それに気が付いたのか母は私に向き直り優しく話しかけた。


 「ふふっ、ルイ……笑顔は大事よ、笑顔よそれを忘れない事」

 

 「えっ?」

 

 ブルーノさんが再び母に耳打ちする、しかし今度は表情が穏やかではなくかなり深刻な面持ちだ、母は少し困り気味な表情を浮かべたが私に向けては笑顔を絶やさなかった。


 「かな~り急いで説明したから何か歯抜けな感じになって、ごめんなさい今度はちゃんとお話ししましょう……ルイ、いつの日か立派に成長した時に……」

 

 母はその言葉を最後に笑顔が消えると【王】としか形容できぬ覇気とオーラと共に静かに口を開いた。

 

 「ヤハテスの国の魔王【クィーンサキュバス】フランメ・リ・フィーズ=ユカリ三十世が我が娘に命ずる、世界を見聞きし理解し己が思うままに進め――自分の【覇道】を見つけよ」


 直後、私の足元に魔法陣が浮かび上がったかと思うと、ポカリと穴が開いたように私の体はその魔法陣の中に吸い込まれていった。


 「お母さ――――」


 「また会いましょう」


 



 ――魔王ユカリは娘が巣立った後、しばし考え事にふけっていた。


 「……ブルーノよ」


 「ははっ!」


 先程までの二人とまるで温度差が違う、本来の魔王とその下僕の関係が垣間見える。


 「ルイは……人間としても生きていた、そしてこれから魔族としても生きる彼女なら……この歪んだ世界の構造を変えられるかもしれないわね」


 「心配は要りませぬ、貴女様がそう仰るのでしたら、そうなりますとも十八年という歳月でこちらに無事お戻りなられたのも天の意志――ふふっいやそんなもの無いか……魔の意志にございましょうな」

 

 「フン相変わらずお前のジョークはつまらんな、まぁ良い、それと旅立つ我が子にお供だけはサービスしてやろう」


 魔王ユカリがそう呟くとブルーノは御意と一言だけ言葉を発し、闇の中へと消えていく。

 幽かな灯りに照らされた謁見の間にて、一人残された魔王は再び玉座に腰掛け退屈そうにワインを嗜む。

 


 

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