第5話「交渉」
「いいかな? 冷静によく考え給えサク君、現在君は住む場所を失いお金も持ち合わせていない――それではここはメリットのある私の提案に乗らざるを得ない、そうであろう?」
うっ……策士め、だが確かにその通りだ。
交渉とは第一にお互いに取引材料があってこそ成立するもの。
交渉材料の無い文無しのオレはそもそも交渉のテーブル自体に着いていない。
やつの提案という名の命令に従わなければ明日から路頭に迷うだけだ。
「その、申し訳ないが言っとくけどキタハシさん、オレに魔人を倒す力なんて無いぜ」
オレは今の正直な気持ちをぶつけた。
「――それは分かっている」
「いや、だったらオレには……」
「無論今の君にはその力は無いかもしれん、しかし君は必ず魔人撃退の要となる私は睨んでいる……それに現在こちらが用意できる最高クラスの手札、剣姫ライラを君達に付けた場合、魔人相手でも引けを取ることは無いはずだ」
剣姫ライラか、そもそも何故彼女はこの場にいた?
それにまるでこの出来事が最初から想定されていて誘導されているような手際の良さを感じるのは気のせいだろうか。
「……二度目の襲来」
オレが少し離れた所で腕組しているライラをチラチラと見て考え事をしていたのがバレたのか彼女は徐に口を開いた。
「どうだサク、君の頭の中でパズルのピースは繋がったか? 何故私がここにいて君達と共に魔人を倒さねばならないのかを」
なんだとッ!?
「我が領地で起きた魔人が新米転生者を襲う事件はこれで二度目だ一度目の被害者はここにいるライラ、そして二度目の被害者が君達という訳だよ……」
そう語るキタハシの表情は暗い。
過去にも魔人は転生者を襲っていた。
なるほど、そうであれば次の事態に備え対策を取っておく、随分と用意がよかったのはその為か。
「あー分かった分かった、つまりオレ達転生者はメンドクセェ魔人との因縁にケリを付けないと一生怯えて暮らす日々を過ごす羽目になると? その負の連鎖をオレ達で止めてほしいとそういう訳か」
想定していた以上に最悪のパターンだ。
オレが戦わない平和主義者といっても魔人はそれを許してはくれないだろう。
それに逃げるといってもこの世界の地図で見た限りコラーク領はそこまで広い訳じゃない。
仮に国境超え、他の土地に逃げたとしてこの地のような待遇を受けられるとも限らない。
泥水を啜ってひっそりとした一生を送る生活が待ち構えている可能性すらある。
「概ねそういう事だ、私は一度目の襲来で今回の事態を想定し、ライラに屋敷の守護を任せられるように比較的安全なここで修行をつけていたのだ……予想外だったのは思ったよりも早いスパンで魔人が再び現れた事だ」
オレはため息をついて頭を抱える。
「なるほど……オレ達が強いか弱いかなんて関係ない、未来を掴みたければ魔人を倒すしかない……バカタレが」
「すまない……本来ならば今後現れるであろう転生者を含めここで匿うべきだが、今いるこの場所が魔人との戦場になるのは政治的によろしくない、ライラの件もあくまで一時的な保護に過ぎんのだ」
キタハシは申し訳なさそうにオレに謝罪の言葉を述べた。
「まてよ別にアンタが悪い訳じゃないぜ、悪いのは魔人! あーもう!!! 分かったよやってやる! ようはオレ達が魔人をぶっ飛ばしてくれば円満解決――ハッピーエンドだ、そうだろチクショー!!!」
ったくオレの悪い癖だ。
魔人に打ち勝ち日常を取り戻す。
もうそれだけしか見えなくなる。
そこへたどり着く為の道が穴だらけでも棘が生えていようとも床が毒沼だろうがマグマだろうが、ただ突っ走るだけ。
辛い事なんて一秒でも早く終わらせたい。
その性格が災いして幾度となく痛い思いを経験してきた。
――けどよ。
やってやるさ。
楽で幸せな人生を送る、その為に来た異世界だろうが?
たかだか一人の魔人如きに回り道なんてしている暇はねぇんだよ。
「では私の提案を飲み、ライラと共に魔人の撃退を行ってくれる覚悟は出来たかい? 無論私に出来ることは惜しみなく協力する事を誓おう」
「ああ、メリィも同意だ」
「はいもちろんです、ライラ様もいらっしゃるという事ですし断る理由がありません」
メリィはライラに熱い眼差しを送る。
それに気が付いたライラは少し照れているのか軽く咳払いした。
「私は守り人としての使命の為に己を鍛えてきた、断る理由など無い」
「皆、感謝する……一応これは冒険者への依頼という体にしておこう……前金だ、決して賄賂ではないぞ、おっと忘れていた、団長にも護送料を払わんとな」
キタハシはオレ達に謝礼を述べた後メイドにこれでもかと金がたっぷり詰まった小袋を用意させ、この場にいた各人に手渡した。
――こうしてオレ達とこの国の領主との会談は終わりを迎えた。
会談は一段落したが今後の事を考えオレ達の実力を把握したいというライラの提案で急遽、邸宅の中庭で練習試合が組まれる事となった。
スキル使用無し、オレとメリィ対ライラの二対一、武器使用はオレ達のみのハンデ戦、さらに……。
「いいか全力で来い! 一発でも有効打が私に決まれば焼き肉を奢ってやる!!」
……いいのか? 言っとくがオレは超戦力外でもメリィはかなりの実力者。
どんなにライラが強かろうと剣姫と呼ばれているやつが丸腰という条件。
オレが身を挺して足止めや妨害をすれば一発くらいなら決まるはず。
この勝負もらった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます