半崎高校デスゲーム部

詞連

第一章 死のない世界のデスゲーム

第1話

 教室の一室に、数人の生徒がいた。1つの机を囲んでいる。

 机の上には拳銃。リボルバー式。

 夏の日の昼下がり。斜めに差し込む火の光。

 日常の中にその黒い金属塊が、異質な存在感を放っている。


 一人が手に取る。

 少年だ。くせ毛の、線の細い少年。

 妙に手慣れた様子で銃弾を確認。

 1発のみ。

 それを確認すると、彼はルーレットでもするかのように弾倉を回す。

 ロシアンルーレットだ。

 命をチップにした危険な遊戯。

 少年は弾倉を収め、銃口をこめかみに沿える。

 7発中1発がアタリ。確率凡そ14%強。


 祈るように一泊の呼吸を置き、

 引き金を――――引く


 銃声は軽く、確かに響いた。

 発射された銃弾は少年の意識と頭部を爆散させる。

 反動で椅子から頬りだされるように、彼の体は板張りの床にたたきつけられ、脳漿と血液が、骨肉の破片と共に散らばり―――





 15分程後。ついさっき少年が死んだ部屋に、少年自身が帰ってきた。

 五体満足。頭もついている。

 少年は気まずさ半分、納得のいかなさ半分といった風に


「すんません師匠。また一発目引きました」

「ふははははっ!ホントに君は運ゲー弱いなぁ!!」


 出迎えたのは詰襟に身を包んだ人物。刈り上げ頭に眼鏡。

 手にはモップ。足元には納体袋。中身はつい5分前に、頭を拳銃でぶち抜いた少年だった肉体だ。


「元自分にご対面するかい?」

「いえ、鏡見ればいいんで」

「そうかい。じゃあそっち持ってくれたまえ」

「ウッス」


 二人で納体袋の両辺をつかむと、ぽいっ、と窓から投げた。

 ここは3階だ。2秒ほどで濡れた質量物が地面と衝突した音がした。

 何気なく窓の外を見ていると、校門側から自動運転車両がやってくるのが見えた。

 遺体回収車だ。

 車両は落下した納体袋の直ぐそばに止まると、ロボットアームで摘まみ上げ、荷台に詰込み走り去る。


「いのちーくん、これで君、今週で何回目だい?」

「10回死にました」

「たるんでる、と思わんかね?」

「内5回がロシアンルーレット一発ツモなんですが、あれって気が引き締まってると勝てるんですか?」

「その発想がたるんでいる!イカサマの一つでも使いたまえよ!」

「俺、ルール内ギリギリでできる範囲で頑張る派なんで。完全アウトはしない主義です」

「くぅっ!我が弟子のくせに偏屈な!バレなきゃ違反じゃないからセーフなのに!だがその拘りもまた素晴らしい!」


 借り上げ頭は壁を平手で叩く。

 その壁には『半崎高校デスゲーム部』という横断幕と部員名の書かれた名前札。そして部室のモットーが書かれた旗が掲げられている


『人間ワンコイン スコアランクと比ぶれば 夢幻の如くなり

 一度スタートボタンを押して 終わらぬゲームのあるべきか』


「その1ゲームは後にも先にもない1ゲーム!価値を高めるためのこだわりならば何よりも優先すべし!ワンコインで贖える命など、振り返る価値もありはしない!」

「はい、師匠」


 頷く少年の名前は猪木通泰、通称はいのちー。彼の名前札は一番左、新入りの定位置に掲げられている。一方、彼が師匠と呼ぶ人物の“ノブ”と書かれた名前札は一番右。部長の定位置。

 半崎高校デスゲーム部は、今日も元気にデスゲームをしている。





                   ◆





 現在、人命のコストはワンコインである。



 技術発展は人類からあらゆる障害を奪った。

 飢餓、病疫、老い、対立、そして死すら奪い―――その結果、人は生物として終わった存在になり果てた。

 真空エネルギーの抽出機構。あらゆる原子をあらゆる原子に交換できる変換炉。そこに分子アセンブラ技術が加わった時点で、人はあらゆる欠乏から解放された。

 発達した分子アセンブラ技術と高度な演算機、そして発展したAIは病魔も老いも駆逐。

 さらに高度に発展したAIは潤沢な物資を背景に、全人類個々人に対して最適かつ完璧な生活環境を用意し、もはや政治という精神的重労働からも人間を解放し対立を消した。

 そして最終的にAIはその業務の必要性から、独自にある技術を開発した。

 縁起式宇宙観測システム。

 これは分子運動の観測、認識システム。過去から現在にわたるまでのあらゆる現象を、多元宇宙から分子レベルで観測、知覚できる神の目だ。

 これと、そしてそれまで培った技術を組み合わせ、全地球の環境を統括するAIは一つの行政サービスを人類に提供した。

 不死―――厳密には、死んだらその瞬間までの記憶はそのままに肉体を再生するというサービスだ。


 全人類は既に統括管理AIの保護下にある。彼らが死を迎えた瞬間をAIは知ることができる。

 死の瞬間の脳内、特に記憶や情動などに関わる部分を分子レベルでコピー。その情報と、事前に市民が申請した登録姿形―――戻りたい時点の肉体情報を組み合わせて、死の直前の記憶をそのままに、新た肉体を持たせて人を再生させる。再生するのは、死亡地点から最寄りの公共分子アセンブラだ。

 その費用は、およそワンコイン。月末にAI政府が給付する文化的生活保障費用から天引きされる。

 かくして、部活でロシアンルーレットをやって脳天をぶっ飛ばしても、すぐ生き返って15分で戻って来れるという行政サービスを、全人類は受けられるようになった。


 飢えも、渇きも、病みも、老いも、死もない。

 数多の宗教、預言書、伝説で語られた天国が、この世に誕生した。


 人々はその事実に感激し、熱狂した。得られた自由を謳歌し、その精神性や知性を何の制限もなく発揮し、文化も学術も乱れ咲き―――


 ―――やがて、ゆっくりと止まった。


 生物の機能は使用しなければ退化するする。光を見る必要のなくなった生物が目を退化させるように。

 飢えから永遠に解放されれば、飢えを感じる機能が失われる。

 渇きから永遠に解放されれば、渇きを感じる機能が失われる。

 マズローの欲求五段階説の内、物質的欲求が満たされた。その結果、人々は生物の本質ともいえる物質的欲求そのものが退化した。それは動物“人間”の退化、衰退と同義だ。そして生物としての退化は、そのままそれより上位の欲求――つまり社会的欲求以上の高次の欲求すらも減じた。

 それに抗うかのように、犯罪が増えた。AI政府に対するテロが起きた。集団的なヒステリーともいえる虐殺や異常行動が見られた。

 しかしそのどれもこれもが長続きしなかった。圧倒的な物資と、完璧なAIの対応に受け止められ、全ては無意味化した。

 煮え立った鍋は火からおろされ、冷めて、最後には水になる。


 人類のほとんどは行政に長期休眠申請をした。

 これは『死亡した場合、何か条件が揃うまで復活させない』という処置の申請だ。時間や数ある目覚めの条件の中で、圧倒的多数に選ばれたのは 『AIが必要と思う特殊な事態が発生するまで』 だ。

 そして高度に発展した現代のAIが、人類を必要とすることなどまずないだろう。これは事実上の永遠の眠りだった。


 現在。人類人口は1000億を超えるが、活動をしている者はわずかに1億程度。その大半も、AI政府が推奨する健康的、文化的な生活プログラムに沿って死んだように生きている。長期休眠申請を出そうという、そんな自発性すらも残っていないのだ。


 そんな衛生的かつ健康的なゾンビ達が歩き回る世界で、ほんの1%未満だが、活発に動き回る者達がいた。

 ひたすら崖に彫像を掘り続ける者。ひたむきに剣を振り、剣術を極めんとする者。宇宙を目指し学術にのめり込む者。動画を配信し続ける者。そして、命をチップにした遊興にふけり続ける者。

 半崎高校デスゲーム部も、そんな変わり者達の集まる一団だった。






                 ◆






「他の先輩達は何してるんですか?」

「屋上で『ドキッ!自爆式マジカルバナナ!』をやってる」

「……確か爆弾飲んで連想ゲームして、チョンボしたら爆発四散する派手な奴―――」


 その時、上の方――おそらく屋上から、ボン、という鈍い破裂音がして


『きゃーっ!ウンコよウンコ!』

『うわくせぇ!こいつ下剤飲んでなかったな!!』

『全くもう。ゲームをを始める前はちゃんとお腹の中を空っぽにするのがマナーですのに…』

『アハハハハハハハハハハハッ!』


 随分と盛り上がっているようだ


「今から行って混ざるかい?」

「いや、これ以上死ぬと今月厳しいんで、今日はもうこっちやってます」


 いのちーは棚からゲームの筐体を取り出す。

 壁掛けの画面とリンクさせて機動。始まったのは荒いドット絵のアクションゲームだ。


「お!いいねえ!一緒にやるかい!?

 ルールはワンミスごとに血液を100㏄ずつ抜いていくジワ死にコースで!」

「だから今日はもうデスゲはしませんって。週末のレースもあるんですし。

 これは練習です、練習」

「ぬぅ……。君、例の賭けのことを忘れたのかね?

まあ、ゲームの強要をしないのがルールにしてマナーだ。仕方があるまい」


 ノブは机に脚を乗せて、いのちーがやるゲームを見る。


「1年か。君が入部してから」

「ですね」

「1年で随分と腕をあげたな」

「そうですかね?」

「だが、運が絡んだタイプのは全然だ」

「昔から数字関係は得意でしたよ。けど、運が悪いわけじゃないです。

 師匠がちょっと豪運すぎるんですって」

「うむ!おかげであの日、君を拾えたのだ」

「……そう言ってもらえるのは光栄です」


 コントローラーをガチャりながら、いのちーは1年前を思い出す。





                   ◆





 いのちーが両親と不死化処置を受けたのは数百年前。その両親が相次いで長期休眠申請を行い、その足で自殺したのが100年前。

 両親と一緒に申請を出さなかったのはなぜだったか?よく思い出せない。

 その頃にはいのちーも両親もAI政府から送られる生活プログラムをこなすだけだった。家族の交流の会話もなかった。申請を出すときに何か話した気もするが、その記憶は希薄だ。記憶は感情に結び付けられるものなのだから、感情が動かないなら記憶も希薄になろうものだ。

 両親の死後も特に何があったわけでもない。

 労働は所得を得るための行動から、自己実現や承認欲求のための行動になって久しい。不死化処置を受けた高校生の身分のまま、与えられた予定表通りの生活を送って100年。

 与えられるプログラムから逸脱した、あるいはしようとしたことは何度もある。だがそれに対する反応は、毎日送りつけられるプログラム実施度数という数値が下がるだけ。それによって何らかの具体的ペナルティを与えられることはない。反応がないままでは、反逆する意思も持ち続けることはできない。

 気づけば周りの人間たちと同じようにゾンビのように延々とプログラムに従い生活するようになっていた。

 長期休眠申請をしよう。

 1年前、そう思った。

 100年前に申請をしなかった理由も思い出せないことに気づいたいのちーは、申請をすることとした。

 役所に行って、必要な書類を提出。

 さて、どこで死のうか。

 そう思い街をさ迷っていたいた時だった


「そこの!そこの少年!ちょっと手を貸してくれ!今ゲームをしているんだ!!」


それがノブーー彼の師匠との出会いだ。






                 ◆






 アクションゲームを終え今度はレーシングゲーム。

 こちらは少し画質がいい。絵もドットから3Dだ。

 ノブはペットボトル入りの茶を飲みながら


「ゲーム中に第三者を引っ張りこんで協力させてはならないというルールを定めなかった向こうの落ち度だな!」

「サバイバルゲームでそこらへん歩いてる奴スカウトしてチームに入れる想定しないでしょそんなの」


 ドリフトをキメながらいのちーは応じる。


「クックックッ!敗者の戯言というものだなそれは!

 というか、こういったルールの穴を突くのは君が好きな手管だろ?」

「まあ、俺的にはナシ寄りのアリだと思いますし、自分も思いついたらため実行らわなかったと思います」

「ハッハッハッ、そーだろうそーだろう。君はそういう奴だ!

 ―――そんな君のことだ、週末のレース、どんな仕込みをしているのかね?

 工学部の鈴木くんだったか。彼女と何やらしているらしいが」

「―――秘密ですよ、師匠」

「楽しみだ」


 画面から目を逸らすことなく言ういのちー。ノブは笑って返した。

 鈍い爆発音。直後の歓声。屋上から投げだされる納体袋が地面に激突する湿った音と、それを回収に来る自動運転車の音。

 夏の午後。今日も半崎高校デスゲーム部は、楽しくデスゲームに興じていた。

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