外れクジによって、世は支えられ

久賀広一

この世界には、おもに三種の魔術が存在する。



 ……強大な魔の存在を生みだす元になる、「瘴気」を利用した『黒魔術』。


 混沌から天地を創造し、この世の最大の神秘とされる生命を創りだした、「神」やそれに属する者の力を借りる『白魔術』。

 

 そして、その星の大地や、大気に満ちる「地水火風」の四大元素エレメンタルによって織り成される、『元素魔術』。


 “召喚魔術”は、はずれとされていた。

 古くから、確固としてそのような術式は存在していたが、実戦でさほど安定しない力や、術者自身が「高位の存在」との契約であっさり殺されたりする事態が散見されたので、「一発屋」「色モノ好き」が使う魔術、という評価が定説だった。




 ……そんな中にあって、おそらく俺の一生は、つまらないものだったのだろう。

 知人のほぼすべてが、「何であいつは、あんな寂しい生き方をしたんだ」と、死後に疑問に思っていた。


 クレメンス=ハバート。

 八十六歳、魔術師。

 できるなら、もっと早く楽になりたかった。

 ……俺の仕事を理解できる者は、そのとき世界に数人いるかどうかで、同じ役職に就いた者は、まず孤独と言ってよかった。


 ――これは、冴えない生涯を送った、無意味な老人の話ではない。

 本当のところは、今もどこかにいるはずの、この世界を平穏に保つため、その役割に人生を捧げている誰かへの物語なのだ。


 さあ……終わりから始めよう。

 俺が、実はどれほど世界へと目を凝らし、そして、そこから背を向けて生きねばならなかったのか。

 自分で言ってしまうのも恥ずかしいが、才能あふれる人間だったが故に、どれほど巨大すぎるものを背負わされたのか――


「生きる」こととは、決して誰かの評価を得るためではなく、ただ自分にできる範囲で、「真っ当に」生き抜くことなのだ……!








「あ~あ、あんなに泣きやがって」

 かつて“クレメンス=ハバートだったもの”が火葬される間、涙を流しつづける青年が、一人だけいた。


 他にも、俺の魔術の教え子はそれなりにいたが、泣いて肩を寄せあっているのは主に女性、それに子供だ。


 そんな集団の中で、ただ一人、その青年は決意と決別に満ちた表情で死煙を見届けていたが、やがてきびすを返すと、どこかへ歩み去っていった。

(……ラディム……すまんな。お前の人生をひどく歪めることになってしまったが、これは、お前にしか頼めないことだからな)

 自分の師匠も、そんな気持ちで俺に『黙示録』を託したのかと、すこし胸がにがくなった。

 本来は誰に頼んでもいいルールのはずの仕事だが、そういうものの例に漏れず、というか、結局のところというか、その暗黒の書物の行き着く先は、いつの時代も「そいつしかいない」という人間になる。

 俺の弟子ラディムは、いま、師に別れを告げ、そして、世にも別れを告げて、ひとり歩き出したのだった……。







 クレメンス――俺が、黒魔術の“師匠”からその『破滅黙示録』を受け取ったのは、まだ二十八の頃だった。

 正式な名称は「召喚大全」という、まるで子供のための百科事典のようなタイトルだったが、当然そんな生易しいものではない。


「マ、師匠(マスター)……これ、まじで存在したの!?」


 その時は、思わず冗談に引きつったような笑みを返したが、

「クレメンスよ……。伊達や酔狂で、魔術士にこんな話ができると思うか。……お前はもっとこう……自分以外のものの、重みを知らねばならん」

 疲れたようにため息をついた師匠のゴダートだったが、彼はそれでも、俺をずっと評価してくれていたのだ。


 ――魔術士はふつう、実戦で使える呪文は本来の実力より2~3ランク落ちるものになる。

 敵がいない、落ち着いた場所で呪文を唱えるのと、命の危険がある戦闘でそれなりの対応をしながら術を行使するのでは、格段の難度差があるからだ。


 ……ふむ。クレメンスよ。お前は、実戦のための練習をよくしておるな。

頭でっかちに格好をつけて高レベルな呪文ばかりを覚えようとする者もおるが、そんな奴は実際には何の役にも立たん。

 S級魔術士という、国家の中でも一流に達する者は、みな実戦で流れるように文言を唱え、意識を生死と切り離し、魔印を自然に組めるものだ。


 まだ若いころ、俺はそんな言葉を師匠にかけられて、舞い上がってしまったのだ。

 そして、修業を重ねて二十代でA級魔術士という、地方の魔術学校出身ではかなりのエリートになることとなった。


「召喚大全」の存在を知らされ、手渡されたのは、そんな時……

 学校を卒業してからしばらくして、冒険者としていくつかの場数を踏んでから、母校に帰った日のことだったのだ……!







「――ふう」

 慣れないソファに座りながら、俺は大きく息を吐き出していた。

 

 懐かしの我が学びではあるが、客室に寝泊まりするのは初めてのことである。

 ……師匠も、今日が”お役目”引き継ぎの特別な日だからか、上等な郷土産の蒸留麦酒ウイスキーまでテーブルに用意してくれているという、何やら恐ろしさすら感じるような待遇だった。


(……翌朝起きてもボンヤリして、脳が平常運転になるまで時間がかかるから、こと理知を求められる魔術士には、あまり薦められてないけどな……)


 それでも、アルコールには理性をゆるめて、感性を表層に押し上げてくれるような、有り難い効果もある。

 要は何事も適量ならば薬になり得るのだが……まあ、たいていは度を越えて後悔する事態が待っているものである。


「……あと一杯だけ。ダブルで」

 師が部屋から出ていったあと、おそらく指三本ぶんは入っただろうグラスを、俺は部屋の照明器具にかざす。

 今は、秋の終わりだ。

 これからはもっと、この琥珀色の液体が恋しい季節になるんだろうなあと、わずかにそれを傾けた。

「……はあ。それにしても、『召喚大全』ねえ……」

 一気に熱くなったのどで、ソファに沈み込むようにつぶやく。

 もし、これが街によくいる軍の兵士や、脳筋系の冒険者などに持ち込まれた話なら、さぞ面白かっただろう。

「しょうかんたいぜん……? ああ、あれだろ? “一発屋”とか、“色モノ好き”の魔術士が使う――」

 俺はかるく頭をふった。

 素人ならそれで笑って話は済むが、こと本格的に魔道を学んだのなら、震えぬ者はいない。

 それは、この世のどこかで誰かが受け継ぎつづけているという、世界を破滅させる――もしそうならなくとも、確実に世界を混乱の極みにいざなう――『破滅カタストロフ黙示録=アポカリプス』なのだ。


(……)

 酔いが少しずつ回ってきた頭で、俺は思い出してみる。

 たしか、三百年くらい前と……千五百年以上前だったはずだ……

 過去に二度、その黙示録の“写本”がバラまかれた際には、国が一つ崩壊したり、また、複数の国が傾き、街もいくつか灰燼に帰することがあったという。

 もちろん大げさに語られている可能性もあるが、写本でそのレベルの話である。もし原本がおおやけにさらされでもしたら……

「……うぉう」

 意味不明なうめき声が漏れて、俺は縮こまった。

 もう今日は、考えるのをよそう。

 グラスに残った酒をあおり、俺はそのまま、ソファに寝転がったのだった。







「おはようございます!」

「おお……」

「お早うございます!!」

「おはよう……」

 翌日、廊下を歩く自分の耳にとび込んできたのは、まず挨拶の連呼だった。

 ……この世界にある、ほとんどの国の魔術学校で励行されていることとはいえ、ひさしぶりに酒を飲んだ翌朝には、つらいものがある。宿舎の食堂へと向かい、トレイに朝食を載せて席についた時には、もうげんなりしかかっていた。

「……おはようござ……!」

 まだ来んのかよ!

 来賓席についたつもりなのだが、生徒の一人が、自分たちのエリアから離れて、わざわざ俺に頭を下げに来ていたのだった。


 ――だいたいのところ、魔術士とは、暗い研究室やら人里離れた小屋やらで、ネチネチと何かの呪いでも積み重ねているように思われがちだが、まったくそんなことはない。

 人外の魔物や、怪物を倒したり、または大量殺人を犯せるような、特殊な技能を学ぶ者たちである。

 世界のあちこちに存在する魔術学院は、最低1~2年は倫理、哲学などを叩き込み、「こいつはヤバい。頭がおかしい」と感じられた生徒には、退学の処置を下す。


 ……挨拶程度のコミュニケーションもできない人間が、高レベルの呪文を使いこなせるようになると、将来暴発して国難になる恐れもあるため、『魔道』からは徹底的に遠ざけられるのである。……もちろん様々な例外もあるが……。


「あの……間違っていたら申し訳ありません。クレメンス=ハバートさんですよね?」

「……?」

 先ほど俺に近づいてきた生徒が、真剣な眼差しで左脇に立っていた。

 ……何だろう。

 なぜ、俺の名前を知っているんだ。冒険者としての旅の合間に、仮宿かりやどのような所で師匠の手紙を受け取って、フラッと母校にやって来たんだぞ。


「――すみません。この学校の卒業生で、Aランク以上の魔術士が立ち寄ったら教えてもらえるよう、先生方にお願いしてまして……」

 俺の怪訝けげんそうな態度に気がついたのだろう。

 キールと名乗ったその生徒は、すぐにその理由を説明してくれた。

 なかなか頭の回転が早そうな青年は、どうやら自分の進路について迷っているようだった。


(……)

 とても朝一番にする話ではなかったが、彼はもう卒業が近く、四六時中そのようなことを考えているらしい。

「――このまま野にくだり、冒険者やトレジャーハンター、または魔に関する道具などに携わる職業につくか――それとも、中央の国立魔術学院アカデミーに進んで、さらなる魔道の深奥への研鑽に励むか……」

 この、地方にある魔術学校において、若くしてAランクになった人間は、そう多くない(ふっ。俺のじまぁぁん!)


 その一人が母校に帰ってきたと聞いて、進路の迷いからの、小さな救いのようにでも感じたのかもしれなかった。

 ……これは、ケチャップを必要以上にかけたスクランブルエッグや、わかめとえのきのスープを前にして答えていいことかどうかは分からないが……

 まだ昨日の酒も残っている気もするが、俺は青年の問いに、全力で答えてやることにしたのだった。


「……キールと言ったな。よく分かった。お前がいま抱えている、大きな二つの選択肢について、間違いのないことを言ってやるぞ」

 偉そうにそんなことを言って、俺はつづける。まあ、平凡な回答だがな……。


「何らかの職業につくか、研究の道の高みを目指すか。キール。人間ってやつはな、持って生まれたそれぞれの“人間力”ってやつがある。

それが人を高みに押しやることもあるし、破滅させることもある。……お前は……いいか? ”絶対に”どちらの選択肢をえらんでも、後悔する。人生や、何らかの道を切り開こうとする人間は、苦難から逃れられないからだ。

そして、目の前の分岐点に迷うってことは、まずどちらを選んでも、数十年の時を経て、同じようなゴールにたどり着くだろう。自由な選択肢ほど、人にはのちに似たような場所や問題、幸福が用意されてるもんだ。


……だからな、キール。お前が進むべきなのは、『選ばなかったことで、自分が将来、より後悔する道』だ。成功しようがしまいが、余力を残しながら生きた奴は必ず、晩年に悔いが残る。自分の人生を思いきりやらず、余った力と時間で人のことを羨んでグチばかりこぼす道を選んだ奴に、面白い人物はいない」


 長い助言だった。

 正直、月並みでつまらない話だろう。

 だが、青年は一度も目をそらすことなく、俺の話を聞いていた。

「……少なくとも、俺はゴダート師匠せんせいにSランクの素養があると言われた。それでも、お前キールの歳のころには、もっとふざけていて、人の話に謙虚に耳を傾けることはなかったよ」

 ……それだけで、コイツは俺以上の魔術士になる素質があると言っていい。


「――ありがとうございました。俺、しっかり考えてみます」

 そう頷いて、青年はぺこりと頭を下げた。

 ……まあ、数多あまたいる大人の一人の意見だからね? あくまで、適当に聞いて、“お前! ぜんぜん話と違ったじゃねえかよ!”とかいうのはナシにしてね?

 何ぶん、冒険者……悪く言う人なら、『放浪者』とまで蔑称する職業についている人間の言葉なのだ。


 ……それに。

(どんなに成功した、優秀な人間でもミスは犯すし、優秀であればあるほど、それは巨大な過ちになることもある)

 要は、何でもミスを認めて修正していける力が、人間には何よりも重要なのだ。


取り戻せないのは、神がこの世に生み出したとされる、”生命”という限られた時間の奇跡と、『破滅カタストロフ黙示録=アポカリプス』なんてものを引き受けることになってしまった、俺の人生くらいなもんだよ、と、俺はりりしく去っていく青年の背中を見つめていた。

  

 





 その日の午後には、母校を去ることとなった。

 焦ってもロクなことにはならん。もう少しゆっくりしていけと師匠には言われたが、何か居心地が悪かったのだ。


 まだ卒業して十年も経っていないのに、自分が客人扱いとして、身の回りの世話を当番の学生や用務員さんにやってもらう始末。

 導師先生たちの間でも、

「なにい? あの悪たれクレメンスがA級になったじゃと!?」

「調子にのりおって! そういう奴は、A級になるのも早いが、死ぬまでランクを上げられずに恥死するんじゃ!」

と何かのうっぷん晴らしのように叫ばれていた。


 特別講師として派遣される、老練な魔術士ならまだしも、何も成し遂げていない、三十ほどの若い身空みそらでは、小奇麗にピンと張られた客室のシーツに寝転ぶことにも、罪悪感があったのである。


……ふっ。

 師匠は、昔から俺に向かってよくしたように、肩の力を抜いたあと、一度眉を動かした。


「いいか、クレメンスよ……あれ・・を受け継いだからといって、無理に自分の生きざまを変えようとは思うな。人の流れは、それぞれだ。お前の場合は、それにあらがえば抗うほど、ほころびが生じ、『召喚大全』が世に露見する恐れがあるからな」

「はい」


 まだまだ師匠には訊きたいことがあったが、この先、さらに多くの質問が出てくることは間違いない。文書を長くやり取りする約束だけはしてもらって、別れを告げたのだった。

「……では、師匠。私は、故郷にある川の上流にでも住んで、薬草、魔草師でもやりながら、細々ほそぼそと死んでいきます」

――あっ、後継者を見つけたあとで。


 学生時代、《攻性魔術》とも呼ばれる黒魔術を思いっきり専攻していたのだが、なぜか家庭科的な科目の成績がよく、現役を引退したあとはそっちの方面に進もうかな、とセコく考えていたのである。

「――おぬしの好きに生きよ、クレメンス。儂もずいぶん、好き勝手に生きたわ。ま、それがかなう範囲でじゃがな」

 ふっはっは。


 久しぶりに聞いたその笑い声は、軽やかだった。

 目の前に立つ、初老の男がやり遂げた仕事の本当の価値を知っている先人は、とっくに亡くなっている。たった一人で、この人は数十年も、“世界の重荷”を抱え続けてきたのだ。

「――それでは、ゴダート師匠!」

 老人の顔に刻まれた疲労は、隠しようもない。

 だが、その年月の疲れが最高の喜びにかわるように笑う先人を見て、俺のこれからの人生も、捨てたもんじゃないように感じられたのだった。


 





 ……それからどうしたかって?

 もちろん、人里を離れて、引きこもって生きたさ。

 ――“意気地のないヤツだ” “世界を滅ぼせるような書物を得たのなら、何かやってみせろよ”とかは言ってくれるなよ?

 俺だって、はじめはそんな願望を抱きそうになってしまったのである。

 ――だが。

『召喚大全』は、一個人の能力や、想像力でどうにかなるような本ではなかった。


……まず、そこに収められた魔術のランクの異常さである。

「10人いれば、小国が大国と渡り合える」と俺たちの世界では言われる『S級魔術士』。

そんな高ランクの人物が使用する魔術が、召喚大全では10段階あるうちの、たった2番目だったのである。

 世の最高峰、現在この星に生きている誰かは使えるのでは、と言われるSS《ダブルエス》級の魔術。それですら、下から3~4番目程度のものである。


しかも、上にいくほど各級の差は激しくなり、その最終段階。

 10段階目にたった一匹(……匹とはいうが、もはやそのレベルは神である)君臨する『七星龍コスモ=ドラコニア』と呼ばれる存在は、“大陸を消す”というものではなく、“星を破壊する”というレベルでもなく、“銀河団を壊滅させる”という、宇宙規模的な超越者である。


 いったい誰が(複数人かもしれないが)、どのような成り立ちで記したのかは知らないが、『破滅黙示録』は、文字通り人が把握する最大の認識――宇宙すら破滅させる代物だったのだ。


「……あっ。この3段階目の神獣ナラシンハ、けっこう好きかも。無理めだけど、相性いいかもしれないから、契約してみようかな」

 などというスケベ心を出していたら、その先で世界が終わるかもしれないのである。

 ひっそりと山暮らしをするようになった俺の気持ちも、少しは分かってもらえるだろうか。


(……)

 まあ、実際は、

「すごーい! ここが、こんど引っ越してきたっていう、魔術士の家なんだって!!」

「――こら、ヤナ! 危ないから近寄っちゃダメって、母さんに言われたろう!」

「でも、お兄ちゃんだって、“魔術をおしえてもらえないかなあ”とか、言ってた」

 子供がよくやってくる、川沿いの遊び場が近くにあるとも知らず、結局ながい時間をかけて、いくらかの弟子を魔術学校や国立魔術学院アカデミーへ送り出すことになったのだが……

 それもまた、俺の仕事の余興のようなものである。


“クレメンス=ハバート。彼の教え子は、驚くほど質が高く、極めて実戦的である”

 そんな評価を、後年受けることになるのだが、実のところ、それも『召喚大全』をくり返し読み込み、上位の存在の呼吸をいくらか把握していた俺のチート性にほかならない。


 ……それ以外にも、なんであんなポツン家屋に住み続けたのだろう。アカデミーの、中枢にいるべき男だった、などと過分な言葉をもらったのだが、自分の“本当の”仕事上、やはり何も語ることができなかった。






「――」

最後に。

 たった一人――例外がいたとするならば、それは『大全』の後継者、ラディムであろう。


彼には、何を隠すこともなく、きちんと話すことができたのである。

「……お前が引かされたクジは、けっして外れではない」と。

 ……えっ?

 何言ってんの、って?


 いや……しかしまあ、大抵の人は、華々はなばなしい人生に憧れるものである。

 その足場を築いている、時代に埋もれるしかない俺たちのことなど、気にもとめないであろう。


ーーだが、その土台があるからこそ、”今の自分が望んだことを、自由に学べる”。”過去よりはるかに平穏な環境は、先人が、本当に血で血を洗う争いで勝ち取ってきたものである”。

……そういったことを理解できた人間ほど、足場の意味を信じて、より高く飛翔できるのである。



 虚しい生き方をした、クレメンス=ハバート。

 誰にそう思われても、かまわない。


 ラディム=ハバート=マクニール。

 ただ真っ当に、その人間ができる目の前のことを誠実にやるだけで、人は貴重になる。


 ……ラディム、お前は、俺の名を引き継いでくれ、その死に涙を流してくれたんだ。

 まあ、結局言いたいことはそれだけなんだが、ありがとうってことだ。

 ……そして、「ハズレを引かされた」といつか必ず思うことになるお前の人生は、けっしてハズレなんかじゃない。

 他の人間より選択肢の与えられなかった人生のその翼に、他の人間より大勢の、自由と選択肢を乗せているんだ。


 だから、気楽に行っていい。

 頑張ってくれ。



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