輪
ピート
いつからだろう……あの輪が見えるようになったには───。
最初は皆に見えているもんだと思っていた。
一人一人に輪があるんだから。
人の足元にフラフープみたいな輪っかが見える。ただ、不思議なのは、その輪の大きさが変化するという事だった。
不思議に思って色んな本を読んでみた。その中の心理学の本に「インナースペース」というの言葉を知った。
どうやら僕には、その「インナースペース」のようなものが見えるらしい。知らない相手が近付くと、この輪は大きくなる。仲の良い友人や恋人が近付くと小さくなる。
つまり人 間関係が一目でわかる。といっても役になんか立たないんだけどね。
役に立ったといえば……僕の好きな彼女には、心を許せる男の存在がないって事がわかっ たくらいだ。つまり、僕もクラスメイトの一人にすぎない。
喜ぶべき事ではないんだけど、話すらまともにできない。
彼女、立川さんは、男性と話すの が、どうも苦手なようだ。男性教師ですら近付くのを拒んでいる。輪が大きくなるからだ。
輪に入ろうとするとどうなるかって?
鉄拳が炸裂するんだ。何人もの男子生徒が、文字通り玉砕してる。
なんでも護身術という事で、幼稚園の頃から空手を習っていたらしい。外見からは想像も出来ないけどかなりの有段者なんだそうだ。
誰も立川さんの輪の中には入れないようだ。男性に限るようだけどね。踏み込んだ瞬間、正拳突きや上段蹴りが炸裂するんだからね。まさに難攻不落といった感じ。
でも、立川さんが好きなんだよなぁ、どうにかして、あの輪の中に入れないのかなぁ……。
同じ輪の中で会話してる彼女の友人が羨ましいよ、まったく。女の子が相手だと、初対面でも輪の大きさ、ずいぶん小さいもんな。
もうすぐ、クラスメイトになっ て、二年になるっていうのに、転校生の常盤さんの方が僕に対するソレより、小さいんだもんなぁ。常盤は勿論女の子なんだけど。
そんな他愛のない事を考えてたら授業は終り放課後になっていた。
「健一、帰らないのか?」
「ああ、帰るよ。ちょっと考え事をしてたんだけだよ」
「考え事ねぇ……立川の事の間違いだろ?」からかうように昌司がつぶやいた。
「バッ!?バカ、声がでかいよ」慌てて昌司の口をふさぐ。
「否定はしないんだな、お前。……ちなみに教室には誰もいないから安心しな」呆れた顔で昌司は笑った。
「否定なんかするかよ!俺は立川が好きなんだからな!恥ずかしい事じゃないだろ!!」
「バタン!」物音に振り返ると、そこには立川さんが顔を赤くしていた。
「!?立川」もしかして……聞こえてた?
「忘れ物取りに来て……ご、ごめんなさい!!」鞄を拾うと立川は逃げるように走り出した。
「昌司……聞こえてたのかな?」
「あんな大声で宣言してたんだから嫌でも聞こえてるだろうな。顔赤くなってたしな」
「どうしよう……」
「恥ずかしくないんなら、追いかけて告白しなおしてこいよ」昌司は廊下を指差す。
「よしっ!!」掛け声とともに教室を飛び出した。
渡り廊下を歩く姿が見える。こっちのが早いな。窓から飛び降りると中庭を駆け抜け、立川さんの前に飛び出た。
「立川さん!待って!聞いてほしいんだ。ちゃんと面と向かって伝えたい」
「!?」
「俺、立川さんの事が好きだ。付き合ってほしい」
「……ごめんなさい」彼女の輪の大きさは変わらないままだ。
やっぱり駄目なのかな。
「どうして駄目なの?」
「なんで、よく知りもしないのに付き合うなんて言えるの?私のどこを見て好きって言えるのよ?何も知らないじゃない!」
「……そう……だね」やっぱり駄目かぁ……!?もっと知り合えばいいんだよ。そうだよ。
「立川さん、じゃぁ、お互いを知る為に友達になってほしい。もちろん、嫌なら諦める……」声がどんどん小さくなるのが自分でもわかる。
こんなのしつこいだけだよな。
「……うん」
「そっか、駄目だよね。……うん?いいの?」
「冗談なの?」
「うぅん。その嬉しくて……」輪が心なしか小さくなったような気もする。
僕の恋は始まったばかりだ……。
いつか、あの輪の中に入れるようになりたいなぁ。
Fin
輪 ピート @peat_wizard
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます