魔法少女が珊瑚になるまでの手記
南屋真太郎
魔法少女が珊瑚になるまでの手記(1)
この手記は新世代の海洋魔法少女へ向けた激励であり、祈りである。
ある目論見があって、私はこの手記を書くことにした。
ただし、私の体はもうすぐ珊瑚になるため、あまり時間がない。つまり私の目論見は、私一人では成し遂げられない。だからこの手記を読んだものに、協力を仰ぎたい。私がなにを目論んでいるのかは読めばわかる。
その前に、注意事項を書いておく。
私の狙いが上手くいったのなら、この手記を最初に読むのは妹である真菜子になるだろう。
この手記を魔法でパックしなかったことに疑問を持つかもしれないので、あらかじめ理由を述べておく。理由は一つ。魔法は外部のものに対しては強く作用するが、内部のものに対してはハリボテ同然の脆弱性を孕むからだ。
魔法をかけた物体は、海洋魔法少女か、浦島の家系に属するものであれば、容易に解ける。
だからあえて、データとして残すことにした。パスワードを知っている者以外、これを読むことはできないから、安心してほしい。魔法で無理やりこれを読むなんて発想をしていたとしたら、それは魔法を過信しすぎだ、と苦言を呈しておく。
本題に入る前にもう一つだけ。おそらく新世代の海洋魔法少女になった子のなかには、この世界の知識がないまま敵と戦っている子もいるだろう。邪魔にならない程度に、説明を加えているので安心してほしい。
では本題に移る。
海洋魔法少女の目的は、浦島太郎と乙姫の確執から始まった戦いに終止符を打つことだ。
海洋魔法少女になったということは、浦島太郎の伝説がある意味では真実だと認知していると思う。亀を助けた男が、竜宮城の乙姫と出会い、地上に帰って玉手箱を開けると、老いてしまったという話。
海洋魔法少女の歴史は、かの浦島太郎の娘から始まり、代々浦島家の娘と素質ある少女たちに受け継がれてきた。私、
そして魔法の力を海の精霊シーゲニウスと契約して授かり、乙姫の怪物アビスと戦う世界に足を踏み入れた。
私は中学一年生の頃に初めて変身した。初陣は力の弱いアビスだったけれど、緊張したことを覚えている。
私の初陣に付き添ってくれたのは、幼馴染の香織だった。その頃香織はまだ魔法少女ではなかったけれど、のちに
魔法少女になる人間には運舵と呼ばれるエネルギーが流れている。浦島家の人間ではなくとも稀に運舵を持つ少女がいるのは、契約したシーゲニウスから聞き及んでいることだろう。
私には仲間がいた。
この三人で私たちは乙姫陣営との戦いに身を投じていった。
私は魔法少女として戦うのがとても嫌だった。なぜなら魔法少女はある病を発症する可能性が高いからだ。
それが珊瑚病。自分のなかにある運舵を使い戦う魔法少女は、エネルギー切れを起こさないように制限時間を設けている。その制限を超えて活動すると、過剰に発達した運舵と体がシンクロ率を高めていき、その結果、体の一部が珊瑚のような疣や赤い斑点が表出し始め、やがては珊瑚に成り果ててしまう。
代々浦島家の人間は珊瑚病を発症してきた。実家には、珊瑚になった人たちを管理する水槽がある。もちろん珊瑚病を発症しない場合もあり、祖母と母は運よく珊瑚となってはいない。
でも次は自分の番かもしれない。そんな不安が頭をもたげた。
母は言った。
『浦島家の人間として責任を持ちなさい』
私は頷くしかなかった。
自分が珊瑚になってしまうのも嫌だが、なによりも友達を同じ運命へ導いてしまうのが私は嫌でしかたなかった。あの水槽のなかに、友人を入れたくはない。
けれど二人とも、友達だという理由だけで、私と共に戦い続ける道を選んでくれた。
少なくとも、そのときは。
ここ数十年の浦島家の目的は、アビスを駆除しながら、乙姫を探して退治することだった。
乙姫は現在、行方が知れない。先代の魔法少女との戦いで深手を負った彼女は、自らを封印し、どこかに姿を隠して、回復のときを待ちながら眠っている。母が言うには、私たちの住む島、ヘクタゴンフロートのどこかにいるという。
乙姫の封印に伴って、アビスたちは、昔と比べると弱体化しているらしく、一つの個体は大して強くはなかった。現に、アビスは数こそ多かったものの、変身して魔法で立ち向かえば楽勝できた。
中学生活を送りながらも、出現するアビスたちを倒し、乙姫を探していた。日常のなかにあるちょっとしたスパイスとして、魔法少女を楽しんでいたといってよい。そのうちに乙姫も見つかるだろう。私たちの間には余裕が生まれていた。
異変を感じたのは、あるアビスと遭遇したときだ。
そのアビスはいままで遭遇したアビスとは全く違っていた。姿、知性、強さは他のアビスと比較にならない。古生物の甲殻のような鎧を身にまとったそのアビスを前に、私たちは苦戦を強いられた。初めて本気を出して戦ったのはこのときが最初だ。
なんとかそのアビスを退けたあと、未来が言った。
『初めて、怖いって思ったよ』
私はそう言った未来の顔を、いまでも克明に記憶している。同じ気持ちだったからだ。きっと香織も。
その後も、ときどき強いアビスが現れるようになった。偶然だと思えたのは最初の数体だけだった。のちに甲殻型と呼ぶようになるそのアビスが立て続けに現れ始めて、私たちは混乱していた。
なにか異変が起きているは明白だった。
異変の原因を突き止めたのは、甲殻型の最初の出現から二ヵ月が経過した頃だ。
私たちはそのときはじめて、『玉手箱』の恐ろしさを目の当たりにしたのである。
甲殻型が二体同時に出現したことがあった。その頃の私たちは個々としての能力だけではなく、チームワークを活用した戦い方を覚え始めていて、甲殻型が出現しても対応できるだけの力は身につけていた。
それでも、その二体のうち、一体には苦戦を強いられた。なにしろ一人の魔法では外殻に傷ひとつつかず、三人の力を合わせてようやくダメージを与えることができたからだ。地道な削り合いの末、その甲殻型は、小さな物体を吐き出して絶命した。
私はその物体――ルービックキューブほどの立方体を回収し、母の元へ持っていった。
母は神妙な面持ちで、物体の正体は玉手箱だと言った。それから香織と未来を呼べというので、二人を実家に招いた。
私たちは母に連れられて、実家から少し離れた場所にある神社へと赴いた。
神社の本殿へ案内され、なかへ入ると、母は本殿の床にかがみこみ、床をスライドさせてから私たちを手招きした。
覗き込むと、床下には
玉手箱は紫紺色に鈍く光っており、心臓のように、体動していた。禍々しさに私は目を背けたが、未来の視線は憑りつかれたみたいに、玉手箱に注がれていた。
昔話では、玉手箱は浦島太郎を老いさせた、乙姫からの贈り物とされているが、本来、玉手箱とは生物を老いさせることを目的としたものではない。正確には生物を老いさせる玉手箱もある。という言いかたが正しい。
私たちが持ち帰った玉手箱は、詳しく述べれば玉手箱の欠片である。
欠片はそれ自体が強大な性質を持っており、その欠片の持つ力に老いを加速するものもあるという。
つまり浦島太郎は欠片の性質に触れ、老いてしまったのだ。
欠片が全て集まれば玉手箱は完成する。しかし玉手箱は完成すればそれだけで、世界の法則や原理、ありとあらゆるルールを捻じ曲げてしまえる代物で、とても危険な性質を孕んでいると母は説明した。
アビスの狙いは、欠片を使って乙姫の復活。あるいはその準備を進めているのかもしれない。アビスはまだまだ謎に包まれている部分が多い。
懸念が表出して以降、私たちの目的は、乙姫の捜索の前段階として、玉手箱の欠片を回収することに決まった。
欠片は七つ。そのうち二つは私たちが所有しているが、残りの五つは行方がわからない。浦島太郎を老いさせた欠片が、浦島家に元からあったものである。
私たちが回収した欠片の効力は、身体能力を飛躍的に向上させるものであった。
アビスたちは欠片の力を使って甲殻型を作り出していたに違いない。
現に、欠片を回収して以降、甲殻型はぱったりと出現しなくなり、私は安堵した。
この調子で力を合わせれば、近いうちに欠片を集めることができる。
三人で決意を新たにし、私たちはお互いを鼓舞した。
おぞましい出来事が起こったのは、それから二ヵ月が経過した頃だ。
夏だった。
ある日を境に、香織がしきりに私を避けだしたのだ。未来に尋ねても首を振るばかり。
香織は私になにか隠し事をしているのだろう。直観的にそう思った。それもよくない隠し事だ。私に見つかっては不味いもの。
確信めいた閃きが湧き上がりつつも、私は怖くて聞けなかった。嫌な予感は的中していた。
プールの授業で、香織が見学を申し出たのが、より確信を深めた。
私は香織ではなく、未来を問い詰めた。未来は観念したように、香織と私を引き合わせた。
香織は肩まである長い髪をくくり上げると、後ろを向いた。
彼女のうなじが、膨れ上がったように赤くなっていて、フジツボのような吹き出物が現れていたのだ。
香織が珊瑚病を発症したのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます