ソシャゲのガチャに負けて信者を奪われた女神アテナが、地下アイドルになる話

はこ

第1話 地下アイドルの女神アテナ

「下界に住まう信者オタクのみなさんー、今日はアテナのライブに来てくれて、ありがとーっ‼」


 ひどい呼びかけだが、それを口にする偶像アイドル自体は輝いていた。


 白銀の髪が、わずかな照明に当てられてキラキラしている。ボブカットの完成された御髪は揺れるだけで、客席に幻想を振りまいていた。

 華麗な動きに従い衣装のフリルが揺れて、周囲の視線を絡めとる。

 エーゲ海の色を湛える碧眼がウインクすると、それだけで会場が熱狂に包まれる。

 狭いステージ上にて音楽に合わせ踊るのは、文字通り神話から飛び出してきた童女だ。


 女神アテナ。

 知恵・戦略を代表する神様だが、元を辿れば守護と豊穣を司る神格だという。

 そんな超常の偶像アイドルがこの場所――日本の電気街で信仰されていた。


 多くの宗教が渦巻いては合流し変形し、それでも確かに残存し続けてきた島国で今、新しい存在が根付こうとしている。

 現代日本の都心部では神っぽいものが排除されたと思っていたが、人々の心だけは変わらなかったらしい。

 ナニカを一心に信じるというのは、ヒトの本能かもしれない。

 今の俺の目の前で繰り広げられている光景を見れば、そう思わざるを得なかった。


 熱狂しているのは三十六名の信者オタクたち。各々が神具グッズのサイリウムを振り回して、熱心に応援を送っている。

 そのカタチは人によって様々で、声であったり動作であったり、あるいは純粋な思念だけであったり。

 どんな方式であろうと、それら神への捧げものはアテナを強化していた。


 確信できる。

 熱狂する信者オタクから偶像アイドルに向かって注がれる、虹色の靄のような流れが俺にはしかと見えているから。

 アテナの神官マネージャーになった俺には、不可思議なエネルギーが視認できた。今まさに、小さな流れが奔流と化したところだ。曲がサビに突入し、色んな意味で限界だった観客の熱狂がリミッターをぶち破ったために、アテナは一層の輝きを放っている。


 客席から受け取った煌めきを舞台上で童女が振りまくと、信者ファンたちがますます盛り上がる。そしてまた、信仰の奉納が応援というカタチで行われ、徐々に感情の塊が肥大化していく。

 これは、一方的な力の収奪ではない。

 アテナが信者オタクの応援によって力を増しているように、信者オタクも推しの輝きを浴びて身体能力が向上しているのだ。そのせいでうるさい。


「みんなーっ! まだまだ行けますかーっ⁉」


 呼びかける。

 瞬時に熱気が爆ぜ――震えた。

 プラスの感情を意味するが、この地下ライブハウスを揺るがしている。

 たった三十六人で発したとはとても考えられない、その馬鹿げたボリューム。


 どうかんがえてもオタクたちの身体能力は向上しているし、アテナの神官マネージャーである俺もまた例外ではなかった。

 世界がゆっくりと見え、そして鮮明に受け取れる。

 彼女が元より有していた才能に、狂気の長時間練習を積み上げて生まれた歌声――歌唱の中に混じる、興奮による細かな震えまでもが聞き取れる。


 舞台裏で見守っている俺ですら、こんなにも楽しいのだ。

 今現在、観客がその胸に抱えきれていない歓喜は――言葉にするまでもない。

 舞台上に立って歌い、感情を一心に受けている少女の喜びを――本人以外が言葉に出来るわけもない。


 これが偶像アイドル

 これこそ、俺が追い求めていた夢――



「じゃあ、神事ライブも終盤なので――槍、振り回しますね!」



 ――の、はずだった。

 バトンパフォーマンスでも行うように、アテナはマイクスタンド兼用の槍を躊躇なくぶん回し始める。


「「「うぉぉぉぉぉぉぉ‼」」」


 地鳴りがあった。

 アテナのパフォーマンスに発狂、もとい熱狂して喜ぶ信者オタクたちの歓声だ。

 ……一体、どういう状況だろう。


「え、槍術のアンコールですか⁉ わかりました! さあ、我が信者オタクたち! この穂先の輝きを目に焼き付けなさい!」


 どうしてこうなった。

 何が悪かったのか、俺のプロデュース方法のどこがまずかったのか、一応振り返ってみることにする。


 反省はどんな時だって大事なはずだ。こんないかれた状況で、あろうとも……。

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