162恥目 絶望のアフレッタンド
三男の
絡まった黒髪が肩まであり、色は青白く、一重だけど目が大きい。外に出る時は身なりを整えるが、家での生活は非常にだらしなくて不潔だ。
学校の勉強がつまらないという理由で不登校気味なのを最近しったが、実際どうだろうか。
彼の部屋に入った事が何度かある。
部屋には小中学生の女の子の写真やポスター、フィギュアがところ狭しと飾ってあった。
趣味にとやかく言うつもりはないが、三男を不気味に思う理由の一つに、近所の小学生の写真を持っていたというのがある。
二次元やただの趣味で止まればいいが、此処に来た要は丁度三男が興味のある年頃に該当する。
強に"どんな興味"があるのか知らない。けれどオレの胸を疲れさせるには充分すぎる不安要素だった。顔が引き攣るのは言うまでもない。
「何その顔。人を気持ち悪いみたいな目で見てさぁ。要ちゃんがさぁ、怖がるじゃんさぁ」
イヒヒと薄気味悪い笑いを浮かべながら、彼なりにこの場を和まそうとしているのだろう。それも気持ちが悪い。三男が何かすると決めつけるのは良くないのに、どうにかして要から遠ざけなければとひどく焦った。
「こんなに可愛い妹が居たなんてさぁ、びっくりだよね」
「妹……」
焦りはドミノ倒しの様に次々と理由をつけて襲い掛かってくる。オレが慎重に触れようとした血の繋がり(兄弟)にも容赦ない。
裏切られた気持ちでいっぱいだ。オレが言おうとしてたのに。それで何も言えなくなると、三男は勝ち誇った顔で口元に手を持っていき、関節をゆるく曲げながら指を開いてその隙間から黄ばんだ歯をチラつかせた。
「あ、知らない? 要ちゃんさぁ、母さんを犯した男との間に出来た子なんだよね。でさぁ、なんかさぁ、その男が自殺してさぁ、ウチに来たんだって。でもさぁ、母さんの性格的にさぁ、女は自分のさぁ、テリトリーにさぁ、入れない主義じゃん? だからさぁ、こんなさぁ、暗いとこに入れてんだよね」
強は自信があると早口になる。要が悲しんだ事実をオブラートに包む事なく、本人の前でベラベラと楽しそうに話す。人の心を知ろうとしないから学校でも疎まれて居場所を無くし、不登校気味になったんじゃないかと雨上がっている。
もともと人を見下す様な発言をするし、実際同級生らの事は下に見ている。
しかし四十九院家は外面がいい。だから誰も本性なんて見抜けない。悔しいけど、皆生きるのが上手いんだ。
「だからさぁ、寂しくない様にさぁ、こうして手を繋いであげてんの。ねぇ、要ちゃん」
「うん」
気持ちはわからないのが相変わらずだけど、やけに要に優しくするのは趣味からくるものなのか、それとも兄弟としての優しさなのか区別がつかない。
辺りを見るとお菓子や玩具が置いてあるし、オレとやっている事は変わりない。
要が嫌がっているように見えたのはオレが勝手にフィルターをかけていたからか。
強は「今から2人で遊ぶんだよ」と言って、蔵から出て行けとオレを追い出した。
重い扉を閉められたら、中では何が起きているかわからない。
要が心配で仕方なかったが、その反面、お兄ちゃんに妹を取られた弟である事が気に食わなくて、そそくさとその場を立ち去った。
✳︎
要と強が顔を合わせて数日。どうやらオレが心配性なだけだったようで、2人とも距離を縮めていた。
やっぱりあの蔵の中に独りでいると、人が増えるだけで安心するのかもしれない。それが要の心の健康になるのならそれで良い。
味方は多い方がいいんだから。
「はい、はい。そうなんです。父親が死んだのがまだ受け入れられないようでして……はい」
そう考えたのは夏休みが終わり、始業式を迎える朝のこと。廊下に備え付けてある電話で母親が誰かと話しているのが伺えた。会話を聞いていると要の事だとすぐにわかった。
リビングで家族が朝食を取っているのに、もう隠すつもりもないとみた。
家族の誰もが要の存在に気がつきながらも、その事に触れない。
異様だけど、あの母親がいるならおかしい事ではない。
きっと要は学校に登校せず、あの蔵に閉じ込められたままだろう。出来るだけ早く帰って来て、要に勉強を教えてあげよう。学がない事で支障が出る事があったら大変だ。勉強のチャンスは与えられているが、それは当たり前でない事を強く感じている。
朝考えていた通り、下校途中に小学生用のドリルを数冊購入した。今日は昼過ぎに帰る事が出来るので、昼ご飯のパンも数個購入する。
日中は家族が居ないから外で食べれる。三男も朝には制服を着ていたから、高校へ行ったろう。
自宅に着いたらすぐに蔵へ向かった。扉は隙間なく閉まっている。母親に何かされてなければ良いけど、さすがに手をあげる事はしないだろう。
「ただいま。今日早かったからお昼――」
重い扉を開け、笑顔でパンの入ったビニールを見せた。
要と目が合う。要ら服を着ず、肌色を晒したまま立たされていた。
その真正面にデジタルカメラにその姿を収める三男の姿がある。少女の裸体に夢中になって、オレの存在に気づいちゃいない。
要は下唇を噛んで、その屈辱に耐えていた。声にならない助けは涙になって、瞳を揺らがせて、それが玉になって落ち、床で弾ける。
「何やってんだよ!」
ビニール袋を放り投げ、三男を横に突き飛ばした。体が蔵の荷物にぶつかると、重なっていた荷物達が崩れその音が蔵中に響いた。
その間に来ていたシャツを脱ぎ、急いで要に羽織らせる。
もう強の手には触れさせないように、オレの後ろへ匿った。
強は痛がる素振りも見せず、ゆっくりと腰を起こし、腕を後ろに置いてオレを見上げる。
「何ってさぁ、新しい服をあげてんじゃん。サイズが合うかわからないから、脱いでもらっただけなのにさぁ」
「裸にする必要ないだろ!」
「あのさぁ、その年頃の子はさぁ、胸が成長しはじめるんだよ? せっかくあげてさぁ、すぐにキツくなったらさぁ、無駄じゃん。だからさぁ、計算してんじゃん。要もさぁ、嬉しそうだったよね?」
そんな訳あるか。三男の言い分は何も信用出来ない。いろいろ言い訳をされたが、一つも言葉として残らず耳を通り抜けて行く。
強を生き埋めにしてやりたいと思う程の怒りを歯を食いしばって表に出さないようにした。
近くに車が通る音がすると、強は何を言ってもどうにもならないと諦めがついたのか、埃の被ったデジタルカメラを広いあげて立ち上がった。
「せっかく良くしてやったのに」
要を睨む鋭い視線。逆恨みとしか言いようがない。彼が蔵から立ち去ると、崩れた荷物の山から要の服を探し出し手渡した。
「何、された?」
聞くか迷った。でも、聞かずにはいられなかった。
「いろんなところ触られた。あと、写真取られた」
「うん」
何て声をかけていいかわからない。気にしないでは絶対に違う。相談出来る大人もいない。
要が味わった恐怖は計り知れないし、なかったことにする事も出来ない。
危険だと知りながら、そのままにしていたオレの責任だ。口内を強く噛み、血が唾液に混ざる。
「オレはそんな事しないから」
薄っぺらいけれど、本心。本心を伝えるのにこんなに言葉が頼りないなんて。
酷い言葉は深く刺さるのに、慈しい言葉はつるんと滑り落ちて行く。
その日をきっかけに、強は隠してきた本性を表し始めた。朝学校へ行ったフリをしてはすぐに帰宅し、蔵に入って力の無い要で
自らの欲を満たす為に、生きていく為に必要な食事と引き換えにして要に従わせる。
意味もわからず口の中へとねじ込まれる三男の欲を要は嫌がった。けれどお腹が空く。オレが蔵へ食べ物を持って行かければ、母親が用意した残飯のような飯すら三男が片付けて追い込んで行く。
要が母親に助けを求めたと言ったが、手を差し伸べる訳がない。
死ななければいい。あとはどうでもいい。欲を満たす三男も母親も、そう思っている。
父親や他の兄はその事実に触れもしない。
オレは傷ついた要に、買える範囲の食料と勉強、そしてわずかな睡眠時間を与える事しか出来なかった。
結局要に、三男の相手をさせられながら蔵に閉じ込められ、小学4年生の残り時間に酷く耐えがたい生き地獄を経験させてしまった。
――翌年3月。オレは中学を卒業すると、服装の自由が聞いた公立高校へ進学した。髪も金髪に染めて、派手な印象を持たせる容姿に整えた。なぜかといえば、アルバイトがしたいからだった。
これもあれも、要を救う為の事だから。地獄から何かを救うには、自分も地獄へ入って苦しまねばならないと、夜の街でアルバイトを始めた。
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